BUND/NEON 上海」−深緋(こきあけ)の嘆きの河(コキュートス)− 劇評(さかせがわ猫丸さん がんばれ)


ステージレビューより引用

 バウホール公演は若手にとっての登竜門、ここでの活躍は絶好のアピールチャンスです。1月7日に初日を迎えた花組バウホール公演「BUND/NEON 上海」−深緋(こきあけ)の嘆きの河(コキュートス)−は、そんな若手たちの成長が体感できる舞台となりました。演出の生田大和さんにとっても、この公演がバウホールデビュー作品です。


 主演は、新人公演の主役を何度も経験した朝夏まなと(あさか・まなと)さん。バウホールでは「蒼いくちづけ―ドラキュラ伯爵の恋―」に続いて二度目となります。手足が長くスラリとしたスタイルで、周りまで明るく照らすような華が魅力です。そして2番手には、実力派の呼び声高い望海風斗(のぞみ・ふうと)さん。2007年の大劇場公演「アデューマルセイユ」では主人公ジェラールの少年時代で客席に強烈な印象を残し、昨年は「太王四神記」新人公演で主役のタムドクを演じました。ともに花組期待のホープです。ヒロインは、月組から移籍して3年目となる白華れみ(しらはな・れみ)さんがつとめます。


 スコットランドヤード特別捜査官クリストファー(朝夏さん)の生まれ故郷・上海。1937年、彼が再びこの街へやってきたのは、恋人シンシア(月野姫花、つきの・ひめか)と彼女の両親が殺害された事件の手掛かりを追うためだった。クリストファーはまず、英中間貿易を取り仕切るトラヴァース商会のパーティーへと向かい、そこで会長夫人となっていたシンシアの姉ミシェル(白華)と再会する。だがミシェルは、事件に関してなぜか冷めた態度をとるのだった。


 クリストファーの登場は、ロングのトレンチコートにソフト帽で舞台中央に佇む姿から。この立ち姿の存在感でまず「主役」であることを納得させるわけですが、朝夏さんは抜群のスタイルも手伝い、なかなか堂に入ってます。セリフや歌にまだまだ若さが残るものの、大きな目が印象的で、彼女の華やかさは誰もが納得できるでしょう。ヒロインの白華さんは大人の女役がぴったりで、衣装はいずれもチャイナドレス風に体のラインをくっきりと映し出していますが、それがまた美しいのなんの。


 上海を牛耳るのは、中国マフィアの頂点に立つ杜月笙=ト・ゲツショウ(紫峰七海、しほう・ななみ)=、冷酷無情な男だ。その片腕として幼い頃から働いてきた劉衛強=リュウ・エイキョウ(望海さん)=は、ある出来事から非情に徹することができず、苦悩の日々を送っている。杜から逃れられもせず、恋人の孫香雪=ソン・コウセツ(華月由舞、はなづき・ゆま)=と結ばれる夢も叶えられそうにない――。


 望海さんのカッコよさにとにかく驚きました。2005年バウホール公演「くらわんか」で情けない貧乏神を演じていたあの彼女が、オールバックに髪をなでつけ、革のコートで影のある男になり、その鋭く冷たい視線にはすでに大スターの予感が…。あまり先見の明がない私でも、思わずぞくぞくしてしまいました。今回は朝夏さんが白、望海さんが黒と、対象的な役柄となって物語を引っ張るのも宝塚の醍醐味です。


 杜を演じる紫峰さんは、若い頃から落ち着いた役が似合うなあと思っていましたが、今回はついにマフィアのドンという、専科さんがやってもいいほどの重い役柄です。しかしこれがすごい迫力で上手い! 今後もいい役者さんとしての成長がますます楽しみになりました。


 ミシェルの夫であり、トラヴァース商会会長のエドガー(月央和沙、つきお・かずさ)は、杜によって阿片中毒にされ、すでに意のままに操られていた。そんなある日、杜はクリストファーが事件を探りに来たことを知り、エドガー夫妻とともに彼をクラブ大世界へと招待した。事件の糸口をつかんだクリストファーは、やがて杜が放つ刺客・劉と対峙することになり…。


 大劇場ではストーリーを追うのと主要人物を観るのに必死で、なかなか舞台の隅々までは目が届かないのですが、バウホール公演ではそんな脇にいる若手たちがメインとなるので、発見がいくつも生まれます。今回、特に目を引いたのが、クリストファーの助手を演じた真瀬はるか(まなせ・はるか)さんの芝居巧者ぶりと、シンシア役・月野さんのキュートな可愛らしさ。こんな収穫があるから、バウは欠かせません。


 ショーも同じく、みんなここぞとばかりにアピールしてきます。特に花組の男役は、独自のキザりっぷりに磨きをかけるのが伝統らしく、観ている側も「受けて立とうじゃないの」的心境になるのですが、そんな期待をも上回ってくれたのが、またまた望海さん。ビシッバシッと鋭い角度で視線と色気を飛ばし、キザりまくるダンスがすでに板についていて、思わず悩殺されそう。華月さんと花野じゅりあさんが代表する、大人っぽくて美しい娘役たちを従えて踊る男役たちもみんながキラキラ輝いていて、このショーにこそ花組のカラーが最も色濃く出ている気がします。最後は、朝夏さんと白華さんの優雅なデュエットダンスも披露され、大満足のうちに幕が閉まりました。


 まだまだ発展途上中の彼女たちですが、それだけに「今」を目に焼き付けておきたい。いつの日か彼女たちが大スターになった時、「そういえばあの時のバウ、すごかったなあ」と振り返って共有することができる、「BUND/NEON 上海」−深緋の嘆きの河−は、そんな公演になるような気がしました。