『ロミオとジュリエット』の考察


 星組梅田芸術劇場メインホール公演「ロミオとジュリエット」版プログラムより。

スペクタキュルから宝塚ミュージカルヘ 小池修一郎(潤色・演出)
 この「ロミオとジュリエット」はシェイクスピアの原作を元に、パリで生まれ、世界20数力国で上演されて来た大ヒット作品である。但し我々が慣れ親しんだアメリカやイギリスの「ミュージカル」とは多少ニュアンスが異なる。

 パリでミュージカルを観ようと情報誌をチェックすると「スペクタキュル」というジャンルに入っている。サーカスなども並んでいて、我々が「スペクタクル」と呼ぶ「大掛かりな娯楽」というニュアンスが含まれていることが判る。大きな体育館のような会場で、歌手が主要な役を歌で表し、大人数のダンサーが踊りまくる。「筋の付いた大コンサート」のようでもある。「ミュージカル」が「歌・ダンス・演技」の三位一体を目指して進化して来たのに対し、歌手とダンサーが役割を分担し、演技の部分を軽くした印象である。即ち「演劇」というジャンルとは別、というのが前提なのだ。

 と、のっけからミュージカル談義のようになってしまったが、宝塚は1967年の『オクラホマ!』初演(1967年7月1日〜7月30日宝塚大劇場月・星組合同公演で、星組上月晃(こうづき・のぼる)さん初風諄(はつかぜ・じゅん)さん月組古城都(こしろ・みやこ)さん八汐路まり(やしおじ・まり)さんが主演)以後、ひたすら「歌・ダンス・演技」の統合=三位一体を目指して来た。
 『宝塚版! 海外ミュージカルの系譜

 スターたちは得手不得手を乗り越え、歌って踊って演技する。となると、フランスの「スベクタキュル」は今の宝塚とは異なる志向性を持っていることが分かる。内容のシンプルさに対し、ひたすら歌唱やダンスのテクニックが求められる。「エリザベート」などと比べ柔らかい肌触りに惑わされると、足許を掬(すく)われる。この「ロミオとジュリエット」に関して言えば、ジェラール・プレスギュルヴィックという音楽家が創り上げた高度な音楽作品なのだ。
 要は、歌歌歌、である。

 このスペクタキュルに星組の選抜メンバーが挑戦することとなった。
 柚希礼音(ゆずき・れおん)。宝塚屈指のダンサーだが、近年歌の精進著しく、越路吹雪(こしじ・ふぶき)を思い出させる情念を感じさせる歌の表現者となった。従来の彼女のイメージはロミオとの距離を感じさせるが、ほとばしる恋の情熱というキーを見事に掴んで、役のドアを開けた。努力と才能の結晶が新たなロミオ像を創り出している。
            

 夢咲(ゆめさき)ねね。少女性が武器である。難しい楽曲を柚希のリードで必死に追っている。その姿は、ひたむきで、可憐で、死に急ぐジュリエットに重なり、いじらしい。
 凰稀(おうき)かなめ。原作では敵役に終始するティボルトが、ジュリエットに恋しているという設定がこの作品のポイントの一つである。屈折した恋に悶える男を熱演している。歌唱表現にも幅が出て来た。この役で彼女は脱皮するのではないか?

 他にも英真(えま)なおきのロレンス神父、白華(しらはな)れみの乳母、涼紫央(すずみ・しお)のベンヴォーリオ、紅(くれない)ゆするのマーキユーシオ、一樹千尋(いつき・ちひろのキャピユレット卿等々、それぞれにソロ・ナンバーがある。宝塚が志向して来た「三位一体」のパランスを、意識的に歌に傾け、一同奮起している。星組精鋭のダンサー陣も、振付陣の要求に答えるべくダンス漬けの日々、稽吉に余念がない。
 
 この作品のもう一つの特徴に、「死」というキヤラクターの存在が挙げられる。パリ初演以来、女性ダンサーが演することが多いが、ロシアでは男性が演じた(因みにウィーン版には登場しない)。宝塚では、男役に演じさせ、対するキャラクターとして「愛」という概念を踊らせることにした。愛の衝動こそが生きることを求めるのだから、「死と愛」は「エロス・タナトス」=「生と死」と解釈して差し支えないものと思っている。
 その他、原作と著しく違う点はロミオとジュリエットの結婚を周囲の若者たちが知ってしまう点である。それによりロミオとティボルトの対立が明確になったと言えよう。

 訳詞については、フランスオリジナル版に対し英語版、ドイツ語版の訳を比較することが出来た。同じメロディ(譜面)にドラマを伝える言葉を嵌め込む為のそれぞれの訳者の格闘ぶりが判り、大いに勇気を得た。原作の芝居に馴染(なじ)んだお客様は勿論、こ存知ない方にとってもストーリーが伝わるよう、宝塚版では、歌詞内容と台詞に、シェイクスピアの原作の台詞をかなり入れ込むことにした。
 珠玉のメロディの洪水に溺れないよう、出演者・スタッフ一同必死で泳ぎ切ろうとしている。フランスのスペクタキュルを宝塚のミュージカルとしてお客様にお届けできることを願いながら。

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