ただいま宝塚大劇場は花組の公演中


 花組公演 ミュージカル『虞美人』−新たなる伝説−〜長与善郎作「項羽と劉邦」より〜
 脚本・演出/木村信司氏 宝塚大劇場で2010年3月12日(金)〜4月12日(月)

 「宝塚歌劇支局」より引用

 花組公演、ミュージカル「虞美人−新たなる伝説−」(木村信司氏脚本、演出)が、宝塚大劇場で3月12日に開幕した。今回はこの初日舞台稽古の模様を報告しよう。

 まず「虞美人」。秦の始皇帝亡き後、中国の覇権を争った楚の武将、項羽と漢の劉邦の戦いを軸に、項羽と虞美人の悲恋を描く一本立ての大作。初演は1951年、白井鐵造氏の演出で春日野八千代さん、神代錦さんらが出演。本物の馬を舞台に登場させるなどスペクタクルな演出が話題を呼んで大反響を呼んだ。60周年の1974年に鳳蘭さん、安奈淳さんらで再演され、それ以来36年ぶりの再演となった。今回は項羽真飛聖(まとぶ・せい)さん、劉邦壮一帆(そう・かずほ)さん。この公演を最後に退団する娘役トップ、桜乃彩音(さくらの・あやね)さんがヒロイン、虞美人を演じるのも話題だ。

 大ヒット曲「赤いけしの花」はそのままに新たな演出で甦った名作は現代風解釈のミュージカル仕立て。冒頭は壮さん扮する劉邦呂妃(花野(はなの)じゅりあさん)に見守られ死の床についている場面から。劉邦の回想でストーリーが展開する仕組み。


 場面変わって、赤いけしの花たちに囲まれた純白の衣装を着た天国の項羽真飛さん)と虞妃(桜乃さん)が登場、主題歌「赤いけしの花」を歌う華やかなプロローグへ。いかにも宝塚レビューという展開がうれしい。


 さて物語の発端は、それからさかのぼること十数年、戦乱の時代。会稽(かいけい)の太守、殷通(扇(おうぎ)めぐむさん)は楚の武将、項梁(紫峰七海(しほう・ななみ)さん)とその甥、項羽と会見し、秦に反旗を翻すために手を組もうともちかけるが、血気にはやる項羽はその場で殷通を殺害、会稽を制圧、秦討伐の1番手に名乗りをあげる。しかし、その暴挙に殷通の娘、桃娘トウジョ(望海風斗(のぞみ・ふうと)さん)は秘かに項羽への復讐を誓う。


 発端から荒々しく不穏な雲行きで「史記」の世界を巧みに再現。テンポもよくてなかなか面白い展開。かつての白井版にはなかった木村氏らしい古代中国史の現代的解釈も効いている。ただ、装置や衣装の豪華さではかなり見劣りがした。デフォルメした太田創氏の装置は「オグリ!」に続いて独創的で山水画をモチーフにした渋い場面もあるがチープな遊園地のように見えたところもあった。

 それと登場人物の中国名とそれぞれの関係の整理が煩雑で「史記」に詳しければ別だが、名前と当時の歴史をあらかたインプットしていくほうがさらに面白く見られるだろう。


 真飛さんは、純粋で真っ直ぐな気性の武将。どちらかというと辛抱役だが、真ん中にすっくと立つ大きな存在感で見せ、春日野さん、鳳さんに次ぐ大役への期待に応えた。項羽への愛を最後までまっとうする虞妃に扮した桜乃さんは、ラストの見せ場に向けての前半からの周到な演技プランが功を奏し、ラストステージにふさわしい好演。はかなげだがしかし芯の強い雰囲気をよく表現した。


 劉邦の壮さんは項羽とは全く違った性格であることが対照的に強調され演出。このため項羽劉邦と義兄弟の契りを結ぶくだりなどやや納得がいかないところもあるが、壮さん自身は柔軟な演技で頼りなさそうに見えて実は奥の深い男性像を鮮やかに創り上げた。

 韓信の愛音羽麗(あいね・はれい)さんは、おいしいもうけ役。有名な胯くぐりの場面もあるがりりしくさわやかだけでなく優しさや知性も感じさせた。相手役となる桃娘に扮した望海さんは、男役から初の娘役への挑戦。復讐のため男装して虞妃に仕えるなどオスカルの原型ともいうべき大役。一夜漬けとは思えないきちんとした娘役のセリフとキュートな雰囲気で一番の収穫だった。

 
 物語の核を握る劉邦の軍師、張良に扮した未涼亜希(みすず・あき)さんが、そのクリアな口跡と巧みな演技で今回も舞台全体の空気を支配したことも付け加えよう。項羽の軍師、范増の夏美ようさんも巧演。


 あと印象的だったのは殷通の臣下、衛布の華形(はながた)ひかるさん劉邦の側室となる戚の白華(しらはな)れみさんなど。ワキにいたるまできっちりした仕事をしているのには好感が持てた。全体的な印象としては「虞美人」というよりは「太王四神記」中国版といった感じだった。かつての思い出を払拭して新作として見た方がベターだろう。