春野寿美礼さん 

ステージレビュー(朝日新聞

 第一次世界大戦前後のブロードウェイで一世を風靡した喜劇女優、ファニー・ブライスの半生を描いたブロードウェイ・ミュージカル「ファニー・ガール」(赤坂ACTシアター)の初日の幕が8日、開いた。前半では、スターを夢見る女の子が栄光の座をつかむまでのシンデレラ・ストーリーが、後半では彼女の一途な恋、結婚、そして破局が描かれる。


 1968年にバーブラ・ストライサンド主演で大ヒットした同名の映画が有名だ。私も舞台観劇に先立って、この映画で「予習」をしたのだが、映像を目にした瞬間から「なるほど、これは確かに春野寿美礼(はるの・すみれあ)だ!」と唸ってしまった。確かにハマリ役である。

 主人公のファニー・ブライスは、「痩せっぽちの女の子」だが、周囲のすべての人を惹きつけずにはおかない愛嬌の持ち主だ。だが、その内面には、強靭な意志と行動力、機転を兼ね備えた女性である。そのファニーが、かつて激しい競争を勝ち抜きトップスターという座に登りつめた強さを内面に持ちながらも、今はひとりの女性としてナチュラルに生きる春野寿美礼さん自身にも重なってみえたのである。

 ごく普通の女性が、ひとたびメイクをし、衣装をつけて舞台に立つと、甘く美しい男役に豹変する。タカラヅカという虚構の世界においては、その激しい落差が「男役」春野寿美礼の魅力だった。だが、今回の舞台では、「ファニー=春野寿美礼」として息づいているように感じられた。

 
 名曲が散りばめられる本作品では、持ち前の歌唱力も縦横無尽に発揮される。とりわけ、一幕、二幕のラストで歌われる「あたしのパレードに雨を降らさないで」が圧巻。同じ歌だが、その意味合いは一幕と二幕で全然違う。一幕のラストで伝わってくるのは、人生の絶頂期にありがちな傲慢といえるほどのストレートさだが、二幕のラストの歌声からは、笑顔の裏に「人生とは思うままにならないものだ」という哀しみを秘め、それでも前を向いて進んでいこうという強さが感じられる。

 
 そんなファニーを虜にする男、ニック・アーンスタインを演じるのが綱島郷太郎。フリルのついた白いシャツを粋に着こなすプレイボーイのギャンブラー。だが、綱島ニックの真骨頂は、むしろファニーと結婚してからの優しさと包容力、そしてファニーへの愛と男としてのプライドとの狭間で、もがき苦しむ姿の表現において発揮される。

 
 「自分のファニーを創り上げるために、あらためて映画はみないようにした」という春野さんに対して、「僕は逆に、映画を参考にしたいと思ってみたのに、僕の役はほとんど出てこない。だから自分で創るしかなかった…」というのが、橋本じゅん演じるエディ・ライアン。二枚目のニックに対する三枚目の役どころで、ファニーを影に日なたに支え、ときに客席を沸かせる。橋本エディの存在が、意外とシリアスになりがちなこの作品全体に陽ざしのような明るさと暖かさを添えている。

 
 ファニーの母親、ブライス夫人役を演じるのが、これまた元宝塚月組トップスターの剣幸(つるぎ・みゆき 1985〜90トップスター)さん。映画とは一味違う、サラリとカッコいい下町のシングルマザーぶりだ。


 一幕で描かれる、「下町の少女」がスターダムにのし上がるまでの過程が、やや説得力に欠けるのが残念。対して、後半で描かれる夫婦間の微妙な心のすれ違い、そして破局に至るまでは、映画以上にわかりやすい。

 極論してしまうと、ファニーとニックは「稼げる妻と、だめんず夫」という現代の典型的カップルだ。脚本の正塚晴彦氏による現代風味の加筆と再構成のおかげで、この関係性のなかで起こりうるお互いの気持ちの変化が、痛いほどリアルに、明快に伝わってくる。


 1968年当時はファニーのような女性は稀だった。だからこそ憧れの存在であり、この物語は、おとぎの世界のサクセス・ストーリーとして楽しまれたのだろう。

 だが今や、仕事で才能を存分に発揮し、それでいて結婚に死ぬほど憧れ、直球の「婚活」で意中の男性をものにし、自らの能力ゆえに愛を失うファニーは、現代を生きる等身大の女性である。21世紀の「ファニー・ガール」は極めて現実的でシリアスな物語なのだ。