大浦みずきさんを偲んで


朝日新聞より引用 宝塚プレシャス+(2007.3.28)

  『ナイン』のごほうび

 ― 2006年は読売演劇大賞の優秀女優賞の受賞からという幸先のいいスタートでしたね。その2005年には、同じ『ナイン THE MUSICAL』で第30回菊田一夫賞(演劇賞)も受けていて、2年続けての賞取りということに。

 今まであんまりそういうことを気にして生きてこなかったんですけど、やはり「やったことをちゃんと見てましたよ」という、ごほうびのような、そんなものをいただけたのはすごく嬉しいことでしたね。
 舞台って、お客さんに喜んでいただけて自分もある程度満足できたら、それでOKなんですけど、賞をいただくと、もう1つ拍手してもらったみたいな、そういう感じがありました。幸せでございました(笑)。

 ― 舞台は記憶の中にしか残らないけれど、受賞した場合、いい仕事をしたというのが記録として残るのがいいですね。そして『ナイン』は本当にいい舞台でした。

 作品がウェルメイドで大人の『ナイン』だったというのが、私にとって大きなことだったなと思います。デヴィッド・ルヴォーさんの演出という素晴らしさもあったし。
 でもあれでとくにどこが変わったかと言われると、それほど激しい変化もなかったんです。もちろん作り方とかそういうものは非常にすごいなって思いましたけど。でもそのあとにも、いい演出家のかたと次々に巡り合って、そのとき、出演者の側、やっていく側もある程度のテンションとか伎倆とかを持ち備えていて、それで戦っていけば、『ナイン』みたいなことってあり得るんだなと思ったんです。つまり「あ、私、まだ、なかなか出来るじゃない?!」というか。
 私みたいに少し年配になった ─ 中身はあまり大人じゃないんですけど(笑)─ 女優が問いかけても、そこにちゃんと答えてくださる演出家のかたがいらっしゃるんだ、というのが、いちばん大きな収穫でした。

 ― それが、このあと話していただく坂手洋二さんであり、宮田慶子さんなんですね。『ナイン』ですが、印象的だったのは、絢爛豪華に女優をしていたことで。
 デヴィッド・ルヴォーさんは女性が好きなかたですから、しかもいろいろな女性が好きで(笑)、彼のなかにさまざまな女性像があるから、改めて女性のありかたを勉強させてもらった気がします。
 反対にどんな表現のしかたでも、根っこの、自分の女性性というものをしっかり持っていれば、わざわざ出さなくても、出るものなんだと思いました。実際自分は持っていたんだという自信というか。今までなら「やろう」としていたところを、反対に「やらないほうがそれが出る」ということなどを『ナイン』で学んだという気がします。
  演出家との出会い
―― そして出合ったのが5月のイプセン原作の『民衆の敵』。坂手さん演出のストレートプレイで、夫も子供もいる温泉地の医学博士。公害問題を告発する長台詞では、男の人がやったらプロパガンダになりかねないのを、柔らかくうまく提出してましたね。
 ああいう社会性に溢れたものって、おそらく退団してから初めてだったと思うんですよ。それで、私ってこういうことすごく好きだったんだ!と、まず思いました。男役時代って、そういう立場の役が多かったし、そういう傾向の本を好きでよく読んでいたんだということも思い出したり。退団後はすっかり忘れていたことが、あのとき刺激されて蘇ってきました。
―― 渡辺美佐子さんが入院されたことで、急な代役でもありましたね。
 たしか1ヵ月くらい前にオファーがきて、渡辺さんに当てて書かれていた設定を、急遽書き換えることになったようです。私が入ることで年齢も変わるので、子供たちとか旦那さんとか。旦那さんは年下から年上になったり。渡辺さんの場合は、肝っ玉母さんみたいな面も出そうと思ってらしたんでしょうね。
 その変更があったからか、それがペースなのかよくわかりませんけど、台本がちょっと遅くて。それでも坂手さん、いつもよりは脚本は早かったみたいです(笑)。
―― 膨大な量だし科学用語もあるし、長台詞もある。なかなかたいへんだったでしょう?
 そんなに難しい言葉はなかったんですよ。それに相手を変えてしゃべっているところは、どうにかいけたんですが、演説がいちばん大変で、稽古の時なんか3ページくらい飛ばして、どこをしゃべってるかわかんないということもありました(笑)。
―― 公演自体は楽しんでいらしたみたいですね。
 これまでと違う生き生きしたなにかを自分でも感じてはいました。やっぱり坂手さんの要求するものを全部やろうと思ったら、時間がとんでもなく足りなかったし、自分のなかでは、まだまだだったと思うんですけど、ただやっぱり、芝居をやってる、単純にその楽しさというのがありましたね。 ―― 今さら男役だったことと結びつける必要もないんですけど、物語を引っぱる強さは、やっぱりかつて培った力だなと思いました。
 ねじ伏せる力はあるかもしれない。いろんなものをエイと(笑)。
―― 坂手さんの作品は社会派と言われていますが、深刻ななかにもユーモアがあったり、知的センスがあったり、重い問題を扱ってるのに観る側が楽しめるんですよね。
 やっぱり人間ドラマを書いてらっしゃるんです。題材はすごく社会的なのに、最終的には人間が強く出てくる感じがあって、だからやってても面白かったです。
―― ストレートプレイの面白さを演じたあとは、7月から9月初めまで宮田慶子さん演出の『ピッピ』で、名古屋や大阪や九州まで行かれましたね。宮田演出は初めてでしたか?
 そうなんです。宮田さんが非常に素敵だなと思ったのは、ふだんはストレート・プレイの演出のかたなのに、とにかく音楽のことや踊りのことをすごくわかっていて、なおかつそれを演劇的に捉えて、こうしてほしいという的確なサジェスチョンがあるんですよ。
 これまでの経験では、わりと大きなミュージカルでも振付家まかせで、演出家は口を出さないということが多かったんです。でも宮田さんは、振付家のかたも歌唱指導のかたもいるうえで、演出として見た総合的なところとか、こういうふうに運んでいきたいというものを、きちんとおっしゃるんです。
 それからビジョンをはっきり持ってらして、私はこれはこういうふうに見せていきたい。こうは見せたくないとか言われる。そういう部分が共感できました。だから、この『ピッピ』も楽しかったけど、次はもっと大人のドラマも一緒にやってみたいなと。
―― 『ピッピ』って、原作が「長くつ下のピッピ」という絵本で、面白いんですよね。自由奔放な少女を通して世の中を戯画化しているし。
 宮田さんのダメ出しとか聞いてても面白かったですよ。どうしても子供向けですから、つじつま合わせになりそうなのに、そこを順序だてて、論理だてて交通整理してくださる。子供らしい面白さは残しつつ、役者が納得してできるように演出してくださるんです。子供だって、そういう本物の面白さはちゃんとわかるし、そういう点でもいい作品だったし、子供のミュージカルに出たのは初めてだったんですけど楽しかったです。