歌劇評(宝塚歌劇支局より) ミュージカル『カサブランカ』

大空祐飛(おおぞら・ゆうひ)さん、野々すみ花(のの・すみか)さんの宙組新トップコンビの披露公演、ミュージカル「カサブランカ」(小池修一郎氏脚本、演出)が2009年11月13日、宝塚大劇場で開幕した。

 
 戦時中の1942年、ハンフリー・ボガートイングリット・バーグマン主演で製作され、アメリカ映画史上に燦然と輝くラブストーリー世界初の舞台化。大空さん、野々さんの実力派コンビの船出には願ってもない1本立ての大作で、小池演出も映画をうまく舞台に乗せており、今年一番の収穫といっていいだろう。

 名曲「As Time Goes By」の序奏にあわせてトレンチコートにソフト帽というボギースタイルの大空さんが銀橋に登場。大空さん扮するリックがカサブランカにやってきたところから始まる。帽子のかぶり方、コートさばきと究極の男役の美学を披露。ファンにはこたえられない幕開きか。

 一転、1年後の騒然としたカサブランカ裁判所前広場。凪七瑠海さん扮するヤンと花影アリスさん扮するアニーナのブルガリア人夫婦を中心にした大ダンスナンバーが展開、そこでカサブランカがヨーロッパからの亡命者たちの経由地であることを説明する。そこへナチスの軍用機が到着。ドイツ軍のシュトラッサー少佐(悠未ひろさん)が到着する。スクリーンをうまく使った装置が効果的。


 出だしはテンポよく展開、リックズカフェの場面になだれ込む。ここで登場するのが萬あきらさん扮する黒人ピアニスト、サム。黒ぬりでジャジーな雰囲気をよく伝え、これがサヨナラ公演となる萬さんにとっても有終の美となりそう。そしていよいよラズロ(蘭寿とむさん)とイルザ(野々)夫妻の登場。旧知のサムに驚いたイルザが「As Time−」をリクエスト。サムが演奏を始めると、リックが血相を変えてやってきてイルザとの運命的な再会となる。映画通りの展開だが、うまい舞台づくりで見せる。

 パリでの回想シーンもインサート。リックがヨーロッパで反ファシスト運動家だった過去やラズロとイルザの関係なども克明に説明して映画を見ていない観客にも親切な筋立て。そして、そのことがラストの巧みな伏線に繋がっていき、3人3様、それぞれに相手をおもいやりながら迎える緊迫したラストシーンに収斂(しゅうれん)される。小池氏らしい手堅い演出で、大空、野々、蘭寿の好演もあって大人のラブストーリーに仕上がった。

 音楽は名曲「As Time−」がメーンで新曲はどれも耳に残らないのが残念だが大空さんのソロでムードたっぷりの「カサブランカの夜霧」(太田健氏作曲)やジャジーな佳曲もあった。



 大空さんは「HOLLYWOOD LOVER」の延長線上の役づくりのように思われるが、いま陰のある二枚目を演じさせるとピカ一で、申し分ない出来映え。ボギーではない宝塚のリックを見事に造形している。

 イルザ役の野々さんは、演技は巧いのだが大空の相手役としてはルックスが幼くみえ、後半のラブシーンでかなり盛り返したものの前半は2人の大人の男性から愛されるという女性的魅力にやや乏しい感じがした。

 蘭寿さんは、反ファシストの英雄的存在であるラズロを骨太に演じ、大空さんとも互角に渡り合った。

 警視総監ルノーの北翔海莉さんはかなり老け役だが相変わらずの達者さで巧みに料理、シュトラッサー少佐役の悠未さんも強面(こわもて)の軍人役を押しの強さで見せきった。

 凪七さん、花影さんのコンビは若々しさが魅力的。「エリザベート」帰りで久々男役の凪七さん、娘役としていつまでも新鮮な花影さん、2人ともさすがに華がある。

 フィナーレは春風弥里さん、鳳翔大さん、凪七さんのトリオによる銀橋での「As Time−」から始まり、続いて蒼乃りくさんを軸としたフレッシュなロケット、幕があくと蘭寿さんを中心とした男役陣によるムーア人の戦士たちのダンス、続く大階段をリックズカフェに見立て、あずき色のジャケットを着た大空さんが登場してのダンスナンバーと大階段に現れた大勢のリックと踊るナンバーがアダルトでなかなかおしゃれ。そして大空さんと野々さんとの華麗なデュエットダンスと続きパレードとなる。エトワールは七瀬りりこさんが透き通った声を聞かせた。

 ダンスでは回想シーンのパリでのカンカン(桜木涼介氏振付)がみもの。かなりハードな本格的なもので綾音らいらを筆頭にした娘役24人のダンサーたちに乾杯!