エリザベート評


 現在上演中(2009年7月10日(金)〜8月9日(日)月組東京宝塚劇場公演)三井住友VISAミュージカル 『エリザベート』−愛と死の輪舞(ロンド)− 脚本・歌詞/ミヒャエル・クンツェ氏。音楽/シルヴェスター・リーヴァイ氏。オリジナル・プロダクション/ウィーン劇場協会。潤色・演出/小池修一郎氏。現在、全公演チケット(web関係)売り切れ。なお、本日(7月16日)は13時30分公演は貸切公演。18時30分公演はB席と立見が若干数当日販売。詳しくは宝塚歌劇当日券情報で。


ヅカ★ナビ!」 「黄泉の帝王」完成の域に 宝塚月組エリザベート       2009年7月10日 中本千晶氏。

 7度目の再演となる宝塚月組エリザベート」。瀬奈じゅんさんが演じる黄泉(よみ)の帝王「トート」を宝塚大劇場で観たとき、「タカラヅカ版のトート閣下像も、いよいよ完成の域に達したな」という印象を強く持った。

 というのも、ウィーンから輸入されてきたこのミュージカル、もともとの主役はトート閣下ではなく、タイトルロールでもあるハプスブルグ王朝最後の皇后「エリザベート」なのだ。
 1996年にウィーンで観劇した「エリザベート」のパンフレットを紐解いてみても、配役の一覧は「エリザベート」「ルキーニ」「トート」「フランツ・ヨーゼフ」の順になっている。

 いっぽう、タカラヅカでは男役トップスターが主演をするという大原則があるから、エリザベートの人生を翻弄する黄泉の帝王「トート閣下」が主役である。個人的には、もともとの設定をくつがえし、「死」の象徴が主役を張るのはムリがあるのではないかと、心のどこかでずっと思ってきたところがあった。

 ところが、歴代のトート閣下による役作りの工夫の積み重ねとともに、この役は進化していった。そして、7代目の瀬奈トートに至って、いよいよ「タカラヅカの男役ならではの」美学を結集したトート像ができあがりつつある、そのことに深い感慨を覚えたのである。

 ここで、歴代のトートを演じた男役トップスターを振り返ってみよう。(エリザベート役の娘役トップスターも併せて)

(1)1996年02月16日(金)〜03月25日(月)雪組宝塚大劇場・1996年06月03日(月)〜06月30日(日)雪組東京宝塚劇場 「エリザベート」トート:一路真輝(いちろ・まき 1993年〜1996年雪組トップスター本公演で退団)さん。エリザベート花總まり(はなふさ・まり 1994年〜1997年雪組娘役トップスター  1998年〜2006年宙組娘役トップスター)さん。 

(2)1996年11月08日(金)〜12月16日(月)星組宝塚大劇場・1997年03月04日(火)〜03月31日(月)星組東京宝塚劇場 「エリザベート」トート:麻路さき(あさじ・さき 1994年〜1998年星組トップスター)さん。エリザベート白城あやか(しらき・あやか 1992年〜1997年娘役トップスター 本公演で退団)さん。

(3)1998年10月30日(金)〜12月20日(日)宙組宝塚大劇場・1999年02月12日(金)〜03月29日(月)宙組TAKARAZUKA1000days劇場 「エリザベート」 トート:姿月あさと(しづき・あさと 1998年〜2000年初代宙組トップスター)さん。エリザベート花總まりさん。

(4)2002年10月04日(金)〜11月18日(月)花組宝塚大劇場・2003年01月02日(木)〜02月09日(日)花組東京宝塚劇場 「エリザベート」 トート:春野寿美礼(はるの・すみれ 2002年〜2007年花組トップスター)さん。エリザベート大鳥れい(おおとり・れい 1998年〜2003年花組娘役トップスター 本公演で退団)さん。大鳥さんが2日間休演したことに伴う代役で遠野あすか(とおの・あすか 2006年〜2009年4月星組娘役トップスター)さん。 

(5)2005年02月04日(金)〜03月21日(月)月組宝塚大劇場・2005年04月08日(金)〜05月22日(月)月組東京宝塚劇場 「エリザベート」 トート:彩輝直(あやき・なお 現在:彩輝なお 2004年〜2005年月組トップスター 本公演で退団)さん。エリザベート瀬奈じゅん(せな・じゅん 当時は月組男役2番手スター 彩輝さんの退団後2005年〜現在月組トップスター)さん。

(6)2007年05月04日(金)〜06月18日(月)雪組宝塚大劇場・2007年07月06日(金)〜08月12日(日)雪組東京宝塚劇場 「エリザベート」 トート:水夏希(みず・なつき 2006年〜現在雪組トップスター)さん。エリザベート白羽ゆり(しらはね・ゆり 2005年〜2006年星組娘役トップスター 2006年〜2009年5月雪組娘役トップスター)さん。 


 あらためて振り返ってみると、やはり豪華な顔ぶれだ。歴代のトート役者は、髪型やメイクなどの外見から、内面の表現に至るまで、それぞれの個性が最大限生きるよう工夫をこらしてきた。「今回はどんなトートがみられるのだろう?」というのが再演のたびに話題になった。

 だが、大きな流れでいうと、歴代トートの変遷は、「黄泉の帝王という、人間離れした絶対的な存在」としてのトートと、「神でありながら、生きた女性を愛してしまう、ひとりの男としてのトート」との間を揺れ動く過程であったように思う。

 初演で一路真輝さんがつくりあげたトートは、どちらかというと、妖しく美しい「神トート」であった。それが回を重ねるごとに、「男トート」の色合いが増してくる。
 とりわけ、2002年の春野トートのあたりから、「男トート」の持つ「危うさ」「弱さ」も垣間見られるようになり、トートという役はより複雑な味わいを持つ役と化していったのだ。

 そして今回の瀬奈トートはというと、どちらの極への触れ幅も大きく、なおかつ両極の間で絶妙なバランスの取れた、「完成度の高い」トートであったと思う。このトートならばエリザベートも迷わず飛び込んでいけるだろう、という説得力十分の、美しく、強く、優しいトートであった。それは、瀬奈さん自身の男役としての円熟のなせる業であると同時に、歴代トートの試行錯誤の集積の結果でもある。

 トートというひとつの役に「男トート」「神トート」の2極を創り出したことが、タカラヅカエリザベートの最大の特色だ。この図式は、初演時からはっきりしていたわけではないだろう。回を重ねるごとに「発見」されていったのである。

 加えて、この両極に、タカラヅカの「男役」という特殊な存在が挑んでいく、そこにタカラヅカ版のトート役の醍醐味がある。生身の男ではなく「男役」が創り上げていく「男トート」ならではの色気とカッコ良さ。そしてまた、タカラヅカの「男役」だからできる「神トート」の人間離れした美しさ。
 時とともに、役者とともに、成長し、進化し続ける「エリザベート」。その過程をダイレクトに見守り続けることができる、そこに、この作品が多くの人を惹き付けてやまない理由があるのだろう。