宝塚歌劇雪組公演「君を愛してるーje t'aime−」「ミロワールー鏡のエンドレス・ドリームズー」

 
 珍しい晴天のなか、宝塚大劇場に向かいました。しかし、風はやはり冬の風です。

☆2008年1月1日(火)〜2月4日(月) 雪組宝塚大劇場公演 ラブ・ロマンス 『君を愛してる−Je t'aime』作・演出/木村信司氏。併演はショー・ファンタジー 『ミロワール』−鏡のエンドレス・ドリームズ− 作・演出/中村暁氏。(東京宝塚劇場公演 公演期間:2月16日(土)〜3月30日(日))

水夏希さん=ジョルジュ・ドシャレット(アンリ・ドシャレット伯爵の長男)、白羽ゆり=マルキーズ


 ○白羽ゆりさんの動画

宝塚プレシャス+より引用と参考
 雪組宝塚大劇場公演初日(1月1日)『君を愛してる−Je t'aime

 元日から公演が始まる宝塚大劇場、今年は雪組で、芝居は『君を愛してる』、ショーは『ミロワール』の2作品である。この雪組公演は、初日前からCMやグッズ発売など、趣向を凝らしたPR作戦で楽しませてくれていたが、舞台も、アート感覚と遊び心に彩られたシンプルなラブ・ロマンスと、宝塚の伝統+AQUA5効果の現代性がミックスされた明るいショー、というお正月らしい2本立てになっている。
 まずラブ・ロマンス『君を愛してる』だが、作・演出の木村信司が、プログラムに「この作品でデビュー以前の自分に戻りたい」と書いているように、デビュー作『扉のこちら』を思い出させるような、優しさや温かさがストレートに伝わってくる。


 ストーリーの舞台は20世紀のパリ。大富豪の長男ジョルジュに父親が残した遺産相続の条件は、半年以内に結婚することと、結婚相手は上流階級に限るということ。その条件に悩むジョルジュの前に、サーカスの花形スター・マルキーズが現れる。教会に寄付をかかさず、恵まれない人々や、サーカスの仲間たちのために尽くすマルキーズを見て、ジョルジュは自らを振り返るとともに、正反対の生き方をする彼女に惹かれていく。だがサーカスの存続が危うくなり、マルキーズの前には昔の恋人のアルガンが現れて、サーカスごと引き受けることを条件に結婚を迫る。マルキーズを失いたくないジョルジュは、追いつめられて旧知の牧師、レオンに相談をすることに……。
 パリ、上流階級、サーカス団、それに芸術に生きるボヘミアンたちなど、作品世界の素材は、どこかおとぎ話然としている。だが、そのメルヘンチックな表層の下に、意外にも骨太な“人間”や“愛”への信頼が貫かれていて、木訥なまでに正直な作者の信条が、この物語をおとぎ話にとどめず、真摯に“人間と愛”について向き合うドラマにしている。
 


 木村信司氏のデビュー作『扉のこちら』は、たしかO・ヘンリー作品のアダプテーションだったが、O・ヘンリーには有名な短編小説「賢者の贈り物」がある。お互いを思い合うあまり自分の大事なものを手放す夫婦の話で、今回の『君を愛してる』とディテールは違うがテーマとしては通底するものがある。つまり愛し合うものたちには、いつだって「愛のためにすべてを捨てることができるか」という問いが課せられているのだ。
 そして、この物語の主人公ジョルジュは、もちろん、その問いに答えるだけの愛を見せてくれる。彼は、最後に本当に大事なものとは何かを知り、すべてを捨てる勇気を示してみせるのだ。だからその後で、レオン牧師によってもたらされる粋な贈り物は、言ってみればおまけのようなもので、ジョルジュとマルキーズの愛と勇気へのごほうびでしかない。彼らはすでに、いちばん大事なもの“愛”を掴み取っているのだから。

 水夏希(みず・なつき)さんは、そんなピュアなラブ・ロマンスの御曹司を、素直にストレートに演じている。ジョルジュのやや甘ったれた人生観、理不尽を怒る正義感、マルキーズへの隠しきれない恋心などを、自然な動きやセリフで浮かび上がらせて人間的な造形だ。また、コメディ風に演じなくても笑いを取ってしまう愛されキャラは、水夏希さんの持ち味の1つで役者としての幅の広さだろう。ダンスのセンスで小気味よく動くフェンシングは見せ場だし、大胆な色づかいの衣装もスマートに着こなしている。主題歌「君を愛してる」のサビの高音は切なく、心に沁みる。

 マルキーズの白羽ゆり(しらはね・ゆり)さんは、当て書きならではのよさを生かして、地に足の着いた女性像を、誠実に温かく演じてみせる。ジョルジュに惹かれながらも、身分違いを自覚している距離感もうまく見せていじらしい。サーカスの衣装では可愛く、普段着では落ち着いた美しさがあり、水夏希さんとのセリフや動きでの掛け合いも間がよくて、すっかり相手役として呼吸が合ってきた。

 彩吹真央(あやぶき・まお)さんのアルガンは、この物語の唯一の憎まれ役、といっても現実をそのまま突き付けてくるリアリストで、けっして悪人というわけではない。サーカス団に向かって「相変わらずがいいという」と、現実認識の甘さを歌うシーンはコミカルで楽しい。カリカチュアライズした部分をたくみに織り交ぜて、敵役アルガンをいい男に仕立て上げた。

 音月桂(おとづき・けい)さんはジョルジュの親友フィラントで、「結婚と恋は別」と教えるパリジャンらしい青年。フィラント自身はドラマを進ませる役どころで、ラブ・ロマンスでは部外者なのだが、物語の脇役になってしまわない存在感と華やかさは、この人が持っているスターらしさと言うべきだろう。

 もう1人の親友アルセストで、出番のわりに美味しい役どころなのが凰稀かなめ(おうき・かなめ)さん。ジョルジュの結婚相手のセリメーヌに魅かれているが、気が弱くて打ち明けられない。どこかナルシスト風で、悩む自分を楽しんでいるようなところが、凰稀さん自身のイメージと重なって面白い。

 本当はアルセストと恋仲のセリメーヌは大月さゆ(おおつき・さゆ)さん。貴族令嬢というには庶民的な雰囲気だが、テンション高くがんばっている。ただ、演技が直線的でもう少し潤いが出せるとセリメーヌがいい役になるだろう。

 セリメーヌの両親で、サーカス小屋の地主でもある貴族のドピルパン夫妻を、一樹千尋(いつき・ちひろ)さん天勢いづる(あませ・いづる)さんが演じていて、一樹千尋さんは貴族の尊大さを、天勢いづるさんはパリの洗練された女性の雰囲気をうまく出している。フランス人夫婦の愛をアピールする意味で、彼らに歌わせる日本の夫婦を揶揄したような歌は、2人はうまく歌っているが、面白くないうえに蛇足。

 アルガンの秘書レイチェルの美穂圭子(みほ・けいこ)さんは、一見バリバリのキャリアウーマン風ななかに可愛さがあり、最後の銀橋の弾けかたは抜群。もとサーカス団員でアルガンに引き抜かれるスカパンは沙央くらま(さおう・くらま)さん、もっと計算高い部分が見えてもいい。

 未来優希((みらい・ゆうき)さんはレオン牧師、ジョルジュの父親の友人で、サーカス団へのよき理解者でもある。彼の立場はラストに花を添えることになるのだが、最大の見せ場はやはり「愛はひたすら与えるもの」と歌うシーンだろう。静かで温かで迫力のあるその歌声は、衒いなくまっすぐにあるべき愛の形を教え、魂を正面から射抜いてくる。未来優希さんならではの、歌で心を伝えるという素晴らしいシーンとなった。

 これまで、木村作品の気になる点だった群衆のコロス化は、今回はかなり改善されていて、たくさんの役を作り、グループもうまく細分化している。

 まず芸術家グループ、その中心でありジョルジュの弟で画家のクレアントには緒月遠麻(おづき・とおま)さん妻は晴華みどり(はるか・みどり)さん。緒月遠麻さんは兄への愛や、妻への包容力をよく出しているし、晴華みどりさんは元モデルらしい華やかさと母性を見せる。全体的には個性的なメンバー揃いのグループで、服装や髪型などでボヘミアンらしさを見せていたり、自由人らしい伸びやかさ、温かな雰囲気を描き出している。

 フィラントの音月桂(おとづき・けい)さんがなじみにしているレビュー小屋の踊り子たちは、麻樹ゆめみ(あさき・ゆめみ)さんや舞咲りん(まいさき・りん)さんをはじめとしする大人っぽい娘役が多く、パリの女らしいアダルトな雰囲気をかもしだす。

 サーカス団は、団長の飛鳥裕(あすか・ゆう)さん副団長の灯奈美(あかり・なみ)さんが夫婦役。灯奈美さんがこの公演で退団するが、可愛らしさと芯の強さを併せ持つ女役だっただけに本当に寂しい。
 空中ブランコ乗りでマルキーズを支えるシャルルの彩那音(あやな・おと)さんは、落ち着きのある演技で場を締める力が出てきた。「サーカス魂」を歌い出すシーンもなかなかの求心力。まだ見習い中のサーカス団員で気が強いリュシールは山科愛(やましな・あい 2008年11月16日東京宝塚劇場公演千秋楽で退団)さん、小柄なせいか子役が多いが、本当はもう少し大人の資質のある娘役だけにもったいない。
 そのほかにサーカスの芸人たちとしては、柊巴(ひいらぎ・ともえ 2008年11月16日東京宝塚劇場公演千秋楽で退団)さん、谷みずせ(たに・みずせ)さん、真波そら(まなみ・そら)さん、大湖せしる(だいご・せしる)さん、蓮城まこと(れんじょう・まこと)さんという男役たちと、千風カレン(ちかぜ・かれん)さん、悠月れな(ゆうづき・れな)さん、愛原実花(あいはら・みか)さんなどの娘役が扮して、家族的なまとまりを感じさせるグループになっている。ピエロとして大抜擢の彩風咲奈(あやかぜ・さきな)さんはよく体が動いている。

 また、グループというわけではないのだが、仮面舞踏会のシーンで、奏乃はると(そうの・はると)さん、真波そらさん、大凪真生(おおなぎ・まお)さん、大湖せしるさん、愛輝ゆま(あいき・ゆま)さん、香音有希(かおん・ゆうき)さん、涼瀬みう(すずせ・みうと)さんと、香稜しずる(かりょう・しずる)さんなど、バリバリに男役らしいメンバーが、上流社会の女たちに扮してジョルジュに迫る様子は、かなりのインパクト。サーカスの千秋楽では、ほとんど全員出ているのだが、それぞれの階級や職業を細かい芝居のなかに見せていて、群衆芝居も1人1人目が離せない。

 最後にこの舞台の大きなポイント、スタッフワークについて書いておこう。木村信司氏の演出作品では、遠くは『不滅の棘』での傑作美術や、最近の『明智小五郎の事件簿─黒蜥蜴』でシュールな世界が印象的な太田創氏が、今回はそのアート感覚を全開している。カラフルで歪んだようなパリの街並みや屋根、落書きのような壁や建物、まるで絵本の中にいるようで、この物語をリアルな日常性から上質のファンタジーへと飛翔させる力になっている。

 同じ役割を果たしているのが有村淳氏の衣装で、衿裏やスーツの裏地、シャツの切り換え、マフラーや小物の色、娘役の裾の見せ布まで凝りに凝っていて、いい意味で予定調和を裏切るヴィヴィッドな色合わせが心を弾ませる。ファッションへの関心の高い人ならいくつかのブランドをイメージできるのも楽しい。

 そんななかで唯一残念なのが音楽(長谷川雅大氏)で、ポップスやロックの作家であるわりにはR&B調のアンダーな部分やマイナーコードのとっつきの悪さばかりが耳に残る。メロディーラインでストレートに心に届くものが少ないというのは、宝塚の舞台で歌われる曲としては問題だろう。この作品全体の「おしゃれ感」が「アートする感覚」だとしたら、音楽だけが、ある種のあか抜けなさを感じさせてしまう。これからでも間に合うなら、アレンジを変えるかテンポを変えることで、「おしゃれ感」をなんとか出してほしいと思っているのだが。(文・榊原和子氏)

コロス古代ギリシャ劇の合唱隊。劇中で群衆の役を演じ、また筋の説明をして進行をたすけた。コロスは観客に対して、観賞の助けとなる劇の背景や要約を伝え、劇のテーマについて注釈し、観客がどう劇に反応するのが理想的かを教える。また、劇によっては一般大衆の代わりをすることもある。

どうでもいい蛇足→満田育子(読売新聞大阪本社社会部記者)氏の批評は「的外れ」
http://osaka.yomiuri.co.jp/takarazuka/tk80123a.htm