オシムさんの言葉には サッカー愛 日本愛があふれている。


元日本代表監督のイビチャ・オシム氏(77)がスポーツ報知に寄稿してきたロシアW杯特別評論は最終回。大会を総括し、世界のサッカーはさらにスピードアップしていくと指摘した。日本代表のロシアでの活躍を喜ぶと同時に愛情ある激励も送り、次期監督には「何かをポジティブに変えたいという野心を持つ人物を求めるべきだ」と希望した。

 ロシアW杯は素晴らしい大会だった。組織・運営はしっかりしていて、ピッチもスタジアムの雰囲気も申し分なかった。モスクワはヨーロッパからも日本からもそう近いわけではない。南米からはさらに遠い。それでも多くのサポーターがロシアを訪れ、W杯を楽しんだ。プレーのレベルも高く、サッカーそのものもとても興味深かった。

 いい大会だったと言えるのは、いくつかの試合が延長戦にもつれ込んだからだ。あるいは終了間際の決勝ゴールなどドラマに満ちていた。延長やPK戦は、90分で決着がつくよりずっとスリリングでサスペンスに満ちている。勝利の喜びも大きいし、負けても何がしかの満足感やカタルシス(精神の浄化)を得ることができる。

 ビデオ判定によりPKが与えられるのもまたスリリングで、サポーターも大いに納得したはずだ。ビデオを確認したレフェリーが判定を下すのを、誰もが息をのんで待っていた。スタジアムが静まり返り、その緊張感は心地よかった。選手にしても隠しごとは一切できないから、ビデオ判定に抗議しても始まらない。

 多くの政治家が大会中にロシアを訪れた。決勝ではロシアのプーチン大統領クロアチアのグラバルキタロビッチ大統領、フランスのマクロン大統領、過去の名選手たちもピッチ上で選手を祝福した。とても感動的なセレモニーだった。サッカーの素晴らしいイメージを世界に与え、それはおそらくさまざまな政治的な問題を、多少なりとも沈静化させることができるのだろう。サッカーは人々の心を穏やかにする。こうした大会が続いていくようなら、世界は今よりも平和になっていくだろう。

 プレーに関して言えば、総じて適切な方向へと進んでいるように見える。チキ・タカ(バルセロナ流のショートパスをつなぐスタイル)は終わりを告げ、スピーディーで動きにあふれたスタイルが主流となった。

 これからのサッカーはさらにスピードアップしていく。選手自体のスピードも、プレーのスピードもだ。それにはさらなるフィジカルの強化が不可欠で、フィジカルに問題のある選手は、これからのサッカーではプレーができない。

 テクニックも同じで、多くの選手は自分が優れたテクニックを持っていると思い込んでいる。しかしプレーのスピードがアップしたとき、またボールを正確にコントロールしなければならないときに決して十分ではない。さらに技術は向上できるし、それにはもっと練習を積んでいく必要がある。

 サッカーがより面白く進化すれば、スプリントや1対1の局面などにおいて、よりスピーディーになっていく。人々は魅了され、試合を見にスタジアムに通う。静かにだが着実に完成へと向かっている。

 それから、GKももっとプレーに加わるべきだ。GKこそ、さらなるプラスアルファを加えられる唯一の可能性であるからだ。どこが危険であるかを素早く判断してプレーをスタートさせる。日本戦のベルギーの決勝点がそうだった。クルトワのような優れたGKが、どれだけ瞬時に状況を判断したか。

 日本代表はロシアで新たな歴史を築いた。だが成功に浮かれることなく、足元を常にしっかりと見据えて、あまり先走らないことだ。選手にも進歩は必要だ。そして世代交代も。その意味で、長谷部が大会直後に代表引退を表明したのは、タイミングといい、引き際の良さといい、エレガントな引退宣言だった。

 次の代表監督は、少しでもプラスアルファをもたらすことのできる人物―何かをポジティブに変えたいという野心を持つ人物を求めるべきだ。日本人であれ外国人であれ、時間をかけてじっくりと選んでほしい。その監督に、日本のこれからの4年間を託すことになるのだから。(元日本代表監督)=おわり=

 ◆イビチャ・オシム 1941年5月6日、ボスニア・ヘルツェゴビナ(旧ユーゴスラビア)のサラエボ生まれ。77歳。90年イタリアW杯で旧ユーゴスラビア代表を8強に導く。2003年に市原(現千葉)の監督に就任し、05年ナビスコ杯(現ルヴァン杯)で優勝。06年7月、日本代表監督就任。07年11月に脳梗塞で倒れ、同12月に退任した。