イチローの記録は ワールド記録!

鮮やかだった。3点を追う9回表、2死一塁で打席に入ったイチローは、パドレスの守護神フェルナンド・ロドニーの決め球、チェンジアップを捉え、ライトポール際へ糸を引くような美しいライナーを放つ。このとき、日米通算ながらイチローの安打数は4257本となり、ピート・ローズが持つ大リーグ通算最多安打4256本を更新した。

 イチローが打席に入る前、1死一塁の場面で代打のジャンカルロ・スタントンがサードゴロに倒れるも、併殺を逃れたことでイチローに打席が回ったわけだが、この打席の意味を知る球場のファンは、一斉に立ち上がってイチローに声援を送った。

 そういう空気の中での一打。イチローが二塁に到達すると、声援に応えてヘルメットを取る。そのとき、球場のボルテージがいっそう上がった。
多くの記者がツイッタ―で伝える

 その数時間前――イチローは、初回の打席でローズに並んでいる。「1番・ライト」で先発出場したイチローは、1ボールからの2球目を打つと、それが一塁線上にボテボテの当たり。キャッチャーが飛び出したが、投げたところでイチローのスピードを考えればとうてい間に合うタイミングではなかった。イチローらしいといえば、らしい打球。その瞬間を、三塁側内野席から見ていた。三塁側からだと、ファウルなのかフェアなのか分からなかったが、思わず腰が浮く。イチローというより捕手の動きを見たが、とりあえず一塁へ投げたという感じ。それた送球の横をイチローが駆け抜けていった。

 そのとき、試合開始直後ということもあって、客席はまばらだったが、三塁側の内野席を中心にスタンディングオベーションが起こる。日の丸を振っているファンもいた。

 この直後から現場にいた米記者のみならず、多くのメディアが、イチローがローズに並んだことをツイッターなどで伝えた――まるで、大リーグ記録に並んだかのように。

 ある記者が話していた。

「ツイートしたら、大リーグ記録じゃないじゃないか、というコメントがあった。でも、イチローを認めざるを得ない。イチローのヒットを打つ能力は、飛び抜けている」


今朝、記録に先駆けて『ニューヨーク・デイリーニュース』紙が電子版で「イチローをヒットキングと認めるかどうか」という議論を掲載した。読んだ限り、これまではあくまでも参考記録じゃないか、という捉え方だったのに、ここまでヒットを積み上げたことで、“無視できない”と変わっているように感じた。大リーグ記録ではないのでその座を奪うことはできないものの、それならば、こう呼ぼうとしている。“世界記録”。そして素直に祝福ができないローズに対しては、“大人げないなぁ”と嘆いた。
 
『ESPN.COM』は、イチローがローズに並んですぐに特集を掲載した。ジム・ケイプル記者が、“ローズがいうように日本のリーグはそんな低いのだろうか?”と疑問を投げかけ、イチローが日本時代に1試合平均1.3安打を放ち、メジャーでは移籍後10年間で1試合平均1.41安打をマークしていること。一方のローズは、どの10年間を切り取っても1試合平均1.3安打以上を打ったことはないといったデータを紹介し、イチローは日本時代よりもむしろメジャーで結果を残していることを伝えた。

 そのことは、イチロー自身、日米通算3000安打を放った2008年にこう言っている。

アメリカでのヒットのペースの方が早いんですよということを言われたら、言い返しますけどね。だから、日本の方がレベル高いんじゃないの、みたいなことは言えますよね。ペースが上がってしまっているので。それが武器だよね。落ちてて、試合数だけ多いからっていうのだと、ちょっと弱いけどね。そこはちょっと、誇りにしてるところ」

 そういう事実も合わせ考えれば、イチローの日米通算記録を何らかの形で認めざるを得ない――と米メディアが考えるのも当然で、イチローが日米通算3000安打、4000安打に達した時とは明らかに違う空気が漂っていた。
打たれた相手投手も祝福

 ただ、今回に関しては、肝心のイチロー本人がこの記録に思い入れを持っていない。

 ローズが「日米通算安打は、大リーグ記録ではない。それで超えたというなら、おれのマイナーでの安打数を加えろ。それもプロのヒットだ」と強情に言い続けてきた。そのことは誰もが分かっているのに、頑にイチローの記録を認めようとしない。また、日本のレベルはマイナーレベルだと、言い続けた。そんなこともあってイチローも冷めてしまったよう。

 かつて、ローズがタイ・カッブの通算安打記録を更新して、“ヒットキング”になった時の試合も取材していたある記者は言った。

「一言、おめでとうが言えないのだろか。ローズが最多安打記録を持っていることには変わりないのに、どうしてそんなに小さいことを言っているんだろう。日本の野球のレベルが上がっていて、メジャーとのギャップがなくなっていることも確かだ。それをリスペクトするような話ができないのは残念だ」

 イチローは「どうしたってケチがつく」とも話したが、その中でしかし、ファンは総立ちとなり、打たれたロドニーもイチローを祝福すると、ショートのアレクセイ・ラミレスは拍手を送った。初回は、クリスチャン・イエリッチのヒットで生還すると、ダグアウトでもみくちゃになった。ケチがつこうが偉大な記録であることに変わりはなく、ファンも、相手選手も、味方の選手も、あのローズを超えた瞬間、一様にイチローを称えたのだった。

 先に紹介した『ニューヨーク・デイリーニュース』紙はこうつづった。

「日本では盛り上がっていることだろう。そうなって当然だ。そうであるべきだ」