カウンターが出来ない 日本のサッカー


「世界がどんどん走るサッカーをしているのに、南アフリカW杯以降、日本ではポゼッションという言葉が流行ってしまった」

杉本龍勇 (岡崎慎司の専属フィジカルコーチ)
 日本のサッカーには何かが足りない――。ブラジルW杯における日本代表の惨敗を見て、多くの人がそう感じたのではないだろうか。

 技術水準が上がり、経験も積んで、戦術の引き出しも増えた。なのにW杯で1勝もできなかった。メキシコ人のアギーレが来ても、ボスニア・ヘルツェゴビナ人のハリルホジッチが来ても停滞感が漂い続けているのは、重要な何かが欠けているからに違いない。

 そんなことを考えているとき、答えのひとつを示す人物に出会った。

 フィジカルコーチの杉本龍勇(法政大学教授)だ。

 陸上選手だった杉本はベルリン留学を経て、清水エスパルスのフィジカルコーチなどを歴任し、2012年から岡崎慎司の専属コーチを務めている。ブラジルW杯前には吉田麻也の指導も行ない、今夏には岡崎と吉田の“プレミアリーグコンビ”に対して合同トレーニングを行った。

 岡崎は恩師にこう感謝している。

「龍勇さんのおかげでスピードが上がった。自分が神戸で始めたサッカースクールでも、龍勇さんのトレーニングを取り入れています」

「日本人は速度が上がるとスキルが発揮できなくなる」

 そもそも今回、杉本を取材したのは、Number879号で「岡崎の作り方」を取材するためだった。

 だが、法政大学を訪れて最もインタビューが白熱したのは、日本サッカーの切実な問題点だった。

 研究室のソファに座ると、杉本はいきなり問題の本質を貫いた。

「今のサッカーのトレンドは、全力疾走状態でどれだけ高いスキルを発揮できるかだと思うんです。これは、ヨーロッパの選手たちを見れば一目瞭然でしょう。では、日本人選手はどうか? 日本人はスピードを落とせばスキルの高さを発揮できる。しかし、速度を上げると途端にそれができなくなる傾向がある。だから僕は常々『日本代表はカウンターができない』と言っているんです」


「日本人は複数の動きを織り交ぜるのが苦手」

 留学時代に五輪メダリストクラスの陸上選手を目の当たりにした杉本にとって、日本のカウンターは“初心者が運転するマニュアル車”のように見えている。

「多くの日本人選手は、ボールを受ける前に減速してノッキングしてしまう。その間に相手DFが戻って、捕まってしまうというのがお決まりのパターンです。唯一、日本代表の中でスピードを落とさずにボールコントロールができているのが岡崎。ドイツで2シーズン続けて10得点以上決められたのは偶然ではありません」

 杉本が指摘するように、日本代表は高速カウンターが苦手だ。

 丁寧につなぐ意識が高すぎるためか、カウンターの際も安全運転まで減速してしまう。2012年10月のフランス戦では長友佑都今野泰幸が全速力で走って得点につなげたが、そういうシーンは稀だ。ハリルホジッチが縦に速いサッカーを求めても、いまいちスピードが上がり切らないのは「減速しないとボールを扱えない」ことと関係しているだろう。

 実はこれは、サッカーだけの問題ではない。杉本はバスケットボールを例に出した。

NBAの選手のダンクシュートを見ると、ジャンプしたあとに体をねじるなど動きに変化をつけられる。でも、日本人はそれが苦手です。研究でよく出される話なのですが、箸や彫刻刀を使うといった単体の動きに関しては、日本人は欧米人より格段に器用なんですね。ところがジャンプしながら何かするといった2種目、3種目の動きを織り交ぜるとなると日本人の器用さは途端に落ちる。サッカーもそうで、止まった状態ではうまいんですが、動きながらボールを扱うことに関しては落ちてしまうんです」

ポゼッション、という言葉が流行り走りが疎かに。

 速い移動速度の中で、もう1つの動作をする――。日本サッカーは今、その壁に直面している。

「世界がどんどん走るサッカーをしているのに、南アフリカW杯以降、日本ではポゼッションという言葉が流行ってしまった。走ることへの着目度が、日本サッカー界で格段に落ちてしまったと思うんですね。そうしたらブラジルW杯のような結果になってしまった。

 レアル・マドリーを見たら、全力疾走したままピタッピタッとボールを止められる選手がそろっている。クリスティアーノ・ロナウドはもちろん、ベンゼマを見たときは驚愕しました。日本の戦術家と呼ばれる人たちは、パワーとスピードをきちんと計算式に入れられてない印象がある。一方、ペップやモウリーニョはそこまで落とし込んでロジックを考えていると思います」


徐々に加速するのではなく、一気に加速してから「抜く」。

 だが、日本にチャンスがないわけではない。実際、杉本の指導によって岡崎はトップスピードのまま正確にプレーできるようになったのだ。

 弱点を克服する鍵は「走り方」にある。

「走る動作というのは、『ゆっくりした状態から速度を上げる』ことにはすごくエネルギーがいります。一方、『速度を上げてから抜く』ことの方が圧倒的に楽です。だから最初の2、3歩でガッとスピードを上げて、あとは力を抜くのがいい。脱力したまま、慣性の法則で進むということ。そうすればスピードを保ったまま、止まった状態と同じスキルを出せる。

 岡崎の裏への動き出しがまさにそうです。しっかり最初に加速してスピードに乗り、パスが来たときに余裕を持った状態でボールを受けられる。とにかく動き出しの2、3歩は『さぼるな』と指導しています」

地面を蹴るのではなく、筋肉の収縮で走る。

 杉本メソッドにおいて、ポイントになるのは「走るときに地面を蹴らない」ことだ。踏ん張るのではなく、足を前に振り出す力と、大きく開いた足の収縮力を利用する。そうするとロスが少なく、1度加速したスピードが長持ちしやすい。

「振り子の原理でビューンと前に足を振り出すと、着地したときに足が目一杯に広がった状態になります。そうすると股関節を動かす腸腰筋が張りますよね? 引っ張られたゴムを離すと勢い良く縮むのと同じで、その力で足が前に出る。地面を蹴ると毎回、片足スクワットをしているようなものですが、この走り方は違う。ヨーロッパの選手たちが粘土質の柔らかいピッチでも滑らないのは、地面を蹴って走っていないからなんですよ

 腸腰筋のバネ(張り)は、遊脚(振り出す脚)が大きく前方に振り出され、かつ支持脚(軸足)がまだ接地している状態になると発揮されます。つまり支持脚が地面に接地しつつ、股関節の可動域が大きくなった状態です。また、この時に腰が後ろに逃げてしまうと腸腰筋が張らなくなり、バネ効果は小さくなります。ですから姿勢が悪いと走れなくなります」

 この走り方のイメージとしては、足を地面に着地させるタイミングで1、2とリズムを取るのではなく、太腿を上げるたびに1、2と数えることだ(詳しくは杉本龍勇監修『スポーツに活きる! 正しい走り方講座』を参照)。とにかく地面を蹴るという先入観を変えなければならない。


球際の弱さは、そもそもの寄せ方が関係している。

 走り方が変わると、当然プレーが変わる。

 たとえば守備時のプレスのかけ方だ。

「守備のアプローチに入るとき、たいてい日本人は少しずつスピードを上げて、相手に到達したときに一番速い状態になっていますよね。それだと相手の変化に対応できない。そうではなく最初にガッとスピードを上げてから力を抜いて寄せれば、ボクシングのフットワークのように変化に対応できる。よく『日本は球際が弱い』と指摘されますが、そもそもの寄せ方が間違っているんですよ」

 ドリブル時にも、走り方は大きな差を生み出す。スピードの強弱をつけやすくなるのだ。

「陸上の世界でも、スピードの上げ下げはすごく難しい技術です。日本人の中長距離選手は一定のペースなら強いんですが、世界大会で細かなスピードの上げ下げをされると途端についていけなくなる傾向がある。

 サッカーのドリブルも同じです。今は昔みたいにフェイントで抜くのは難しく、いかに相手のタイミングをずらすかの勝負になっている。メッシがまさにそうですよね。日本人ドリブラーがヨーロッパのリーグで通用しづらいのも、ここに問題があると思います」

 ちなみにこの走り方をすれば、省エネにもなる。

「日本人の持久力の考え方って、頑張るとか根性じゃないですか。でも、どれだけ適切に力をいれて、適切に力を抜けるかが、本当の持久力だと思うんです。岡崎が90分走れるのも、ガソリンタンクが大きくなったからではなく、燃費が良くなったから。本人ともそういう話をしています」

レーニングの真髄は「運動神経を良くする」こと。

 杉本が陸上の世界に進んだのは中学生からで、小学生のときはサッカーに打ち込んでいた。さらにベルリン留学時代の指導者がヘルタ・ベルリンのトレーニングアドバイザーを務めており、常にサッカーが身近にあった。

「自分の経歴を見て、『走り』をクローズアップされることが多いんですが、僕自身のトレーニングの真髄は『運動神経を良くする』ことなんですよ。走ることも技術のひとつなので、運動神経が良くなれば足も速くなるし、ボールスキルも上がる。球技における『走る』ことが何か、もっと日本のスポーツ界は考えるべきです」

 ドイツ代表やドルトムントをお手本にして、ただ走れと言っても、走れるようになるわけではない。

 ロシアW杯までの残り3年間、走りの技術の向上が鍵になりそうだ。