劇評 王朝千一夜『大江山花伝』−燃えつきてこそ−


ヅカ★ナビ より引用

 博多座で公演中(2009年8月3日(月)〜8月25日(火))の宙組新トップスターお披露目公演「大江山花伝」を観て、思わず「タカラヅカの新トップスターコンビとは?」について書きたくなった。それほど、新トップコンビの二人が「お似合い」だったということである。

 各組の頂点にトップスターが君臨し、固定の相手役として、娘役トップスターが寄り添う。このトップコンビが、さまざまな恋愛模様を見せていくのがタカラヅカのお芝居の基本だ。

 したがって、新トップスターが誕生するとき、相手役たる娘役トップスターに誰が選ばれるのかは、ファンにとっても大きな関心の的だ。


 お披露目公演を見守る観客は、いわば、新郎新婦の入場を待つ招待客のようなもの。「どんなカップル?」「花嫁はどんな人?」…この夏の博多座でもまた、多くのファンが「大空祐飛さん・野々すみ花さん」の新トップスターコンビを固唾を飲んで見守ったのである。


 宙組の新トップスター、大空祐飛(おおぞら・ゆうひ)さんはそのクールさが持ち味といわれる男役だ。いや、単に「クール」という一言では言い尽くせない独特のニヒルさ、厭世観…その「影」が観客を魅了する。それがまた、演出家の立場からすればさまざまなドラマ妄想をかきたてるのではないだろうか。

 「大江山花伝」の茨木童子は、そんな大空のハマリ役だ。「歌劇」誌によると、演出の柴田侑宏氏も「再演するなら大空祐飛とタイミングが合えば」とずっと思っていたのだという。都を脅かす鬼、酒呑童子(十輝いりす=とき・いりす=さん)を父に、人間の女性を母に持つ茨木童子は、人間にも鬼にもなれない。自らに内在する「鬼」の部分を憎み続けなければならないという哀しい宿命を背負っている。


 その茨木童子と幼い頃に愛を誓い合った姫、藤子を演じるのが、新娘役トップスターとなった野々すみ花(のの・すみか)さんだ。小柄で可憐な娘役だが、芝居がクライマックスに達したときに爆発的なパワーを発揮する、それが彼女の持ち味ではないかと思う。

 ヒロインの藤子という女性もまた、その内にはかなりの異常さを秘めている。だいたい、お互いの腕に焼き印を押して愛を誓い合うというところからして普通じゃない。しかも、もとは深窓のお姫様であったのが、火事によって両親も身分もすべてを失い、顔に醜い火傷の痕まで負ってしまう。そして、生き別れとなった茨木を訪ねてさまよい、今では渡辺綱の屋敷の下女となっている。


 お芝居の結末、茨木童子を追い詰める都の武将、渡辺綱(北翔海莉=ほくしょう・かいり=さん)らに向かって、藤子はただ一人、短刀を手にして叫ぶ。「私の茨木に近づかないで!」と。

 深いコンプレックスを負った二人の、互いが互いを求める心。藤子の叫びから、観客は、二人の絆が純愛という甘い言葉ではとても表現しきれないものであることを悟り、おののく。それは、常人には決して近寄ることができないほどに激しく、暗く、強い絆である。

 
 こうして、野々すみ花さんの「秘めたるパワー」が、大空祐飛さんの「影」を受け止めたとき、このコンビは他に類をみない強烈な魅力を発揮するのではないか。それが、「大江山花伝」を観ての発見だ。

 このコンビ、ホームグラウンドである宝塚大劇場でのお披露目作品は、映画でも有名な「カサブランカ」と決まっている(2009年11月13日(金)〜12月11日(金))。つぎはどんなスパークをみせてくれるのか、楽しみだ。