祝 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

 エヴァンゲリオン市場は不況知らず!そのヒミツに迫る nikkei TRENDYnet6月25日(木)

 2009年6月27日、アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』が公開される。1995年から翌96年にかけて放送されたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のストーリーをベースに、新キャラクターや新たなエピソードなどを加えた四部作の第二弾である。第一弾の『序』は、一昨年に公開され、約200万人を動員、興行収入20億円の大ヒット作となった。今作では新キャラクター、真希波・マリ・イラストリアスが登場。また、今までにはなかったストーリー展開が期待され、公開前から前作以上の盛り上がりを見せている。  ◇参考 ヱヴァンゲリヲンを買う090528 ◇

 そんな中、各企業のタイアップ商品・キャンペーンが巷(ちまた)をにぎわせている。UCC 上島珈琲の「UCC COFFEE ミルク&コーヒー ヱヴァンゲリヲン缶250g−2009年度バージョン−(通称ヱヴァ缶)」、NTTドコモの「SH-06A NERV(通称ヱヴァ携帯)」、ローソンの「ヱヴァンゲリヲンキャンペーン」、パチンコの「CR新世紀エヴァンゲリオン 最後のシ者」、箱根町の「ヱヴァンゲリヲン箱根補完マップ(ヱヴァ観光マップ)」など数え上げればきりがない。既に“エヴァ市場”に参加している企業は前作の10倍以上になっている。

 そして、そのどれもが爆発的な売れ行き。ヱヴァ缶は、前作時の出荷本数300万本に対して既に600万本を出荷、ヱヴァ携帯はドコモショップでの2万台先行予約がわずか5時間ほどで終了、ヱヴァ観光マップは予定枚数の倍を配布……などなど、100年に1度の大不況の真っ最中とは思えない勢い。参加企業はまだまだ増える見込みとか。

 元々、エヴァンゲリオン(従来のアニメ、劇場版の表記。新劇場版から「ヱヴァンゲリヲン」に変更)はその内容の不可解さ、謎の多さが話題となって人気を呼んだ、比較的“マニアック”なアニメ。そんなアニメがなぜ不況をものともしない巨大市場を築き上げることができたのだろうか。その背景を探ってみた。

 実は、95年のテレビシリーズ放映当初は、タイアップはむしろ少なかった。テレビアニメシリーズの制作を担当したガイナックスの神村靖宏さんこう話す。

 「通常のロボットアニメですと、放映開始時から玩具メーカーがスポンサーについてフィギアなどを販売することが多いのですが、エヴァの場合はそういうことはありませんでした。放映前はこれほど人気になるとは思われていなかったようで(笑)。人気が出るとともに、フィギアの自主製作を行う愛好者の方が増えていったという印象です。当時のファンは、男性が9割で、男性マニア向けという趣が強かったですね」。

 ところが、それから15年近くがたってファン層は大きく変化している。前作『新世紀ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』では動員客の4割が女性だった。エヴァの舞台となった箱根町観光協会による観光地図「ヱヴァ観光マップ」の制作も、「地元のさがみ信用金庫の女性社員が大ファンだったことがきっかけ」(箱根町観光協会の鈴木克典さん)。上司にエヴァのDVDを手渡し、「一晩で全部見れば分かります。地域活性化としてぜひ何かやりましょう」と力説したところから話が持ち上がり、箱根町観光協会を中心に具体化されたそうだ。

 箱根町観光協会の鈴木さんはこうも語る。

 「配布場所に来ている方のほぼ半数は女性でした。カップルで来ている方の中には、『彼女がファンで彼氏を連れてきた』というケースも多かったようです。エヴァがこれほどまでに女性に人気があるとは思っていませんでした」。

 6月上旬に、オリジナルグッズ販売や特製クリアファイルプレゼントなどのキャンペーンを展開したコンビニチェーンのローソンでも、同様の傾向が見られたという。

 同社の広報部は「前作の映画チケットの売れ行きが良かったので、キャンペーンを実施することにしたのですが、予想以上の反響でした。特に女性客が増えた印象はあります。当社の女性社員たちが、昼休みにこぞって並んでエヴァグッズを買い求めていたのには正直驚きました」と話す。

 女性エヴァファン拡大の流れに乗って、10〜20代向けファッションアイテムの販売を行うケータイ通販サイト「モバコレ」もエヴァとのコラボレーションを行った。

 「モデルさんやデザイナーさんなど、ファッションに携わる人の間でエヴァンゲリオンの人気が高かったんです。ストーリーに深味があるし、デザインの面でも斬新だと。初号機の紫と緑、オレンジの配色など、実際のファッションアイテムに応用しても面白いんじゃないかという話もでていました。そこでガイナックスさんに持ちかけてコラボをさせていただきました」(モバコレの椎真穂さん)。

 今年1月に行われたモバコレとエヴァのコラボキャンペーン第一弾は、4ブランドが参加。完売したアイテムが多数出るなど無事に成功を収め、5月27日から参加ブランドを6つに増やして第二弾を実施中だ。第二弾も完売したアイテムが出ており、再生産に追われているという。

 当初、男性マニア向けの色合いの強かったエヴァンゲリオンに、これだけ女性ファンが増えたのはなぜなのだろうか。

 「ガイナックスさんが私たちのブランドの良さを生かしたままのコラボレーションを認めてくださったことが大きいと思います。おかげで、エヴァのファンではない人でも手に取れるアイテムを作ることができました。コアなファン以外でも気軽に楽しめるグッズがあれば、一気に裾野は広がりますからね」(モバコレの椎さん)。

 実際、ガイナックスでは、エヴァの関連商品を製作・販売する企業や団体に対してマニア向けの商品にならないようにタイアップを進めている。こうした手法をとったのは「商品化を進めるにあたって、マニア向けのテイストで作っては意味がない」という思いがあったからだ。モバコレのケースでも、生かすべきは元になるブランドの特徴やテイストであり、そこにエヴァの要素(イラストや色使いなど)を織り込んだ。箱根町の「ヱヴァ観光マップ」にしても同様で、作品中に登場しない観光名所も普通に紹介する、エヴァファン以外にも役に立つ観光マップ作りを行った。

 「最初に作ったものは、ガイナックスさんに『マニアックすぎる』と言われてしまいました(笑)。『普通の箱根観光マップを作っていただいて、それにエヴァのテイストをちょっと足すだけでいいんですよ』とアドバイスされました」(箱根町観光協会の鈴木さん)。
 このような提案やアドバイスでは、ややもすれば“エヴァらしさ“が薄くなってしまう。しかし、ガイナックスにとっては、“マニアも納得のエヴァらしさ”よりも“エヴァを知らない人でも手に取れる”ことのほうが重要だったのだ。この点においては、05年にリリースされたパチンコ「CR新世紀エヴァンゲリオン」は大きな契機となった。年配の人たちやテレビシリーズを見たことがない若い世代などが新たにエヴァに触れる機会をつくり出したからだ。

 「エヴァを知っている人でも楽しめるし、エヴァを知らなくても楽しめるという、本当にいい機種を作っていただいたと思っています。これがなければ今の状況は生まれなかったでしょう。それ以降、商品化のお話には積極的になりました。エヴァ公式グッズが網羅的に購入できる『エヴァストア』というオンラインショップも開設しました。一般への流通ルートを持たないメーカーさんにもエヴァ市場に参加してほしいと思ったからです」(ガイナックスの神村さん)。

 原作者側としては柔軟すぎるほどのこうした考え方の背景は、神村さんをはじめとするガイナックスのスタッフの抱えている思いがある。

 その思いをガイナックスの神村さんは「一般の人たちとアニメファンとの間に見えない壁、この壁を取り払って、渋谷のオシャレな女の子が、『エヴァって面白いよね』と普通に言えるような時代にしたかった」と語る。

 そのためには、マニアではない人の目に触れる機会をどんどん増やさなくてはならない。異色とも思えるコラボを展開していったのは、そんな効果を期待してものだった。デザイン性だったり、作品の舞台であったり、切り口は何でもいいので、マニアックなファン以外の方たちの世界観でエヴァを料理してもらう。そして、それがエヴァンゲリオンや、アニメをいろいろな人に知ってもらうきっかけになればいいという考え方だ。

 「先日、渋谷で綾波レイのコスプレをした女の子がビラを配るキャンペーンを行いましたが、通りすがりの女子高校生たちがごく自然に『あ、綾波レイだ〜』と声をかけてくれました。そのときは、本当にうれしかったですね。少しは自分たちの望んだ時代になったかな、と」(ガイナックスの神村さん)

 15年前、男性ファンが中心の作品だった『新世紀エヴァンゲリオン』。それが、多くの女性ファンをはじめ、世代や性別を問わず幅広いファンを獲得した背景には、“アニメファン“と“一般の人”の垣根を取り払いたいという、アニメファン側の思いがあった。それが、一見不釣り合いとも思えるジャンルとのコラボレーションを実現させてきたのだ。どうやら、現在のエヴァブームを見ると、彼らの願いは結実したかに見える。しかし、それもこれもエヴァンゲリオンという作品自体に魅力があってこそ。これからもまだまだ出てくるというコラボ商品と、新劇場版で展開される新たなストーリー、どちらからも目が離せない。 (文/鼠入昌史氏=オフィスチタン)