オグリ評


朝日新聞『ステージレビュー』より引用。

 公演直前に行われる「通し舞台稽古」を取材しています

 その昔、庶民に仏の教えを広めるために語られたという説経節。その中でも最もスケールが大きいと言われた「をぐり」を宝塚歌劇団がミュージカル化した『オグリ!〜小栗判官物語より〜』の公演が8日、宝塚バウホールで開幕しました。従来の日本ものとはちょっと趣が違う、生と死と再生の幻想的な物語。宝塚・花組の舞台ではどう演じられたのでしょうか。

 主演の小栗を演じる壮一帆(そう・かずほ)さんは長身でスリム、真面目そうな優しさ漂うルックスが、ひたすら涼しくてさわやか。雪組から組替え後すぐの公演『明智小五郎の事件簿』では、新妻思いの味噌汁が似合いそうな刑事を演じ、「いかにも、えりたん(壮の愛称)らしい〜」とファンを悶絶させたかと思いきや、『太王四神記』では大長老プルキルを怪演するという幅の広さに、最近ますます目が離せない存在となっています。

 相手役の照手姫を演じる野々すみ花(のの・すみか)さんは、その類いまれなる演技力から、私の中では「リアル北島マヤガラスの仮面」と勝手に認定。すでに宙組の主演娘役就任が決まっているため、この公演が花組での最後の舞台となります。

 いよいよ幕が上がると、なんと中央に舞台の3分の1を占めそうなほど巨大な馬の頭が! いきなりの大胆なセットに度肝を抜かれます。小栗は京の大納言の一人息子。まずはその生い立ちが民衆や家来によって紹介されますが、バウホール公演ならではで、若い生徒さんたちに歌ったり踊ったりたくさんの出番が与えられています。そして文武両道の勇ましい青年に成長した小栗役の壮さんが、あの巨大な馬の下から颯爽と登場。これがまた光源氏かと見まごうほどの美しさで、後光がさすよう。さらに歌声ものびやかで心地よく、思わずうっとりと浸ってしまいます。

 そんな小栗がある日、池で出会った美女に誘惑されますが、実はこれが大蛇の化身。演じる花野じゅりあ(はなの・じゅりあ)さんの妖艶さとおどろおどろしさも迫力満点です。これを機に父の怒りを買い、小栗は常陸の国に流されてしまいました。

 だがそこでも小栗は大将となり、華形ひかる(はながた・ひかる)さん演じる商人の手ほどきで、照手姫と恋に落ちます。日本ものは初めてと言う野々さんですが、和服を上品に着こなすあたりはさすがで、艶っぽい。小栗が書いた恋文を照手姫が読み上げ、交差するように壮さんが歌い、2人で舞うシーンは実に幻想的でした。

 勝手に婿入りした小栗に、照手姫の父は激怒。人をも殺める荒馬の餌食にしようとたくらみます。観ていた私が「そうか、ここであの大きな馬の像が生きてくるんだ」と、思わずひざを打っている間に、小栗は荒馬を手なづけ、見事に乗りこなしてしまいます。そしてあの巨大な馬のてっぺんに乗った壮さんが登場! まるで「ベルばら」でペガサスが宙を舞った仕掛けをもほうふつとさせる演出を、まさかバウホールで見ようとは。

 それでもめげない照手姫の父。小栗はとうとう毒を盛られて殺され、照手姫も川に沈められることに…。照手姫はあやうく救われたものの次から次へと売り飛ばされ、小栗への貞淑を誓う照手姫は、遊女になるのを拒否する代わりに16人分の水仕事を買って出るのでした。

 一方、地獄ではえんま大王が、小栗に再び命を与えます。ただし耳も聴こえず目も見えず口もきけない姿で。果たして小栗は元の姿に戻れるという熊野の湯にたどり着き、照手姫と再会することができるのでしょうか…。

 今回の舞台は展開もさることながら、巨大な手が出てきたり、荒馬を乗りこなす小栗の様子をからくり仕掛けで見せるなど、セットも凝っていて目が離せません。また、専科の藤京子(ふじ・きょうこ)さんが語り部として物語の要所要所を締めるので、ストーリーにも自然に溶け込め、客席降りもあり、バウホールならではの一体感もたっぷり味わえます。

 照手姫の父を演じる専科の萬あきら(ばん・あきら)さんはダンディーで重厚な演技が光る渋い役者さんですが、今回はポップな、えんま大王様にも変身。さすがの演技で2役と気づく人は少ないかも? 華形ひかるさんも商人から村人まで縦横無尽に大活躍です。野々さんも、小栗を一途に慕い続ける貞淑な妻と、狂人のふりをする演技の使い分けには「さすがリアルマヤ…恐ろしい子」と言わせていただきました。

 最後は人情豊かでめでたしめでたしとわかってても、ついホロリ。強くりりしい壮さんと、野々さんのけなげな美しさを綺麗なデュエットダンスでもたっぷり堪能できました。

 少し冷酷で美しさと強さを併せ持つ小栗役…壮さんの新しい魅力を確実に開花させています。ポスターにもなった、矢を素手でパシッとつかむシーンは手品のような仕掛けで、「どうなってるの?」と驚くほどリアルです。ここもぜひお見逃しなく!(ライター・さかせがわ猫丸)

 猫丸さんの文章は宝塚に対する「愛」を感じます。私も必ず生徒さん(OGさん含む)の名前に「さん」をつけるし、できるだけ「ふりがな」を付けているのですが、こうしたことをするマスコミの方は少ないのに猫丸さんはつけておられる。