オグリ!の対談

2009年2009年5月8日(金)〜5月19日(火) 花組宝塚バウホール公演 ミュージカル『オグリ! 〜小栗判官物語より〜』脚本・演出/木村信司氏。

解説=中世に生まれた説経節の中で最も雄大なスケールを持つ「をぐり」の舞台化。京都二条の大納言の一人息子である小栗(壮一帆(そう・かずほ)さん)は、文武両道にすぐれた美丈夫であったが、大蛇の化身の美女(実はみぞろが池の守護神)と契った罪により、関東に追放される。その後、相模の国の郡代である横山氏(専科の萬あきら(ばん・あきら)さん)の娘の照手姫(野々すみ花(のの・すみか)さん)と恋に落ちたものの、横山一族の許しを得ずに結婚したため、照手姫は父親の怒りを買ってしまう。相模川に沈められようとするところを家臣のなさけで一命はとりとめたものの、人買いの手に渡ってしまう照手姫。そして小栗は、家来ともども毒殺されてしまうが……。主人公・小栗を通して、“死”と“再生”、“受難”と“悟り”を、また照手姫の揺るぎない献身を通して、人の尊い愛について語る作品。

フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』より。

説経節(せっきょうぶし)は、日本近世初期の語り物文芸。しばしば「説教節」と誤記される。説経は仏教の唱導で、経文を説いて衆生を導くものだが、これが浄瑠璃的性質を帯びてきたもので、説経浄瑠璃とも呼ばれたが、現在は説経節と呼ばれるのが一般的である。寛永の始めから寛文頃までがその全盛期で、街角に傘を立てて興行を行ったが、次第に義太夫節に圧倒された。しかしその近世芸能に与えた影響は大きい。「かるかや」「しんとく丸」「小栗判官」「山荘太夫」「ぼん天国」を五説経といい、これらが繰り返し語られた。

  壮一帆さん   
  
  野々すみ花さん  

フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』より。

小栗判官おぐりはんがん)は、伝説上の人物であり、またこれを主人公として日本の中世以降に伝承されてきた物語。
「小栗の判官」「おぐり判官」「をくりの判官」「をくり」「おくり」などの名でも伝えられる。伝承は多く残っており、後に創作されたものもあり、それぞれにかなりの相違が見られる。説経節浄瑠璃、歌舞伎など多くに脚色されている。また縁のある土地にもそれぞれの伝承が残っており、小栗の通った熊野街道は小栗街道とも呼ばれる。

人物としての小栗判官は、藤原正清、名は助重、常陸の小栗城主。京の貴族藤原兼家常陸国の源氏の母の間に生まれ、83歳で死んだとされるが、15、16世紀頃の人物として扱われることもある。乗馬と和歌を得意とした。子宝に恵まれない兼家夫妻が鞍馬の毘沙門天に祈願し生まれたことから、毘沙門天の申し子とされる。

説経節にみる小栗判官伝説
 正本として、1675年(延宝3年)「おぐり判官」(作者未詳)、年未詳「をくりの判官」(佐渡太夫豊孝)その他がある。

 鞍馬の毘沙門天の申し子として生を受けた二条大納言兼家の嫡子小栗判官が、ある日鞍馬から家に戻る帰路、菩薩池の美女に化けた大蛇の美しさに抗し切れず、交わり妻としてしまう。大蛇は懐妊するが、子の生まれることを恐れ隠れようとした神泉苑に棲む龍女と格闘になる。このために7日間も暴風雨が続いたため、小栗は罪を着せられ常陸の国に流された。この場所にて小栗は武蔵・相模の郡代横山のもとにいる美貌の娘である照手姫のことを行商人から聞かされ、文を商人に頼み渡す。照手姫から返事を受け取るや、小栗は10人の家来とともに、照手姫のもとに強引に婿入りする。これを怒った横山によって、小栗と家来達は毒殺され、小栗は上野原で土葬に家来は火葬にされる。照手姫は相模川に流され、村君太夫に救われるが、姥の虐待を受けるが千手観音の加護で難を逃れたものの人買いに売り飛ばされ、美濃国青墓の万屋にもらわれ、こき使われる。

 小栗判官が49日間湯治した伝説の残る湯の峰温泉 つぼ湯一方、死んだ小栗と家来は閻魔大王の裁きにより「熊野の湯に入れば元の姿に戻ることができる」との藤沢の遊行上人宛の手紙とともに現世に送り返される。餓鬼阿弥が小栗の墓から現われたのを見た上人は手紙を読み、小栗を車に乗せると、「この車を引くものは供養になるべし」と胸に木の札に書きしたため多くの人に引かれ美濃の青墓に到着する。常陸小萩の名で働いていた、照手姫は小栗と知らずに5日間に渡って大津まで車を引き、ついに熊野に到着する。熊野・湯の峰温泉の薬効にて49日の湯治の末、完治し元の体に戻ることができる。その後、小栗は京に戻り天皇から死からの帰還は珍事であると称えられ、常陸駿河・美濃の国を賜ることになる。また、車を引いてくれた小萩を訪ね彼女が照手姫であることを知り、姫とともに都に上った。やがて小栗は横山を滅ぼし、死後は一度死んで蘇生する英雄として美濃墨俣の正八幡(八幡神社)に祀られ、照手姫も結びの神として祀られた。

読売新聞2009年4月10日夕刊より。

鎌倉時代説経節を下敷きにした宝塚歌劇団花組のミュージカル「オグリ/〜小栗判官物語より〜」が5 月8日 〜19日、宝塚バウホール兵庫県宝塚市)で上演される。主人公・小栗を演じる壮一帆(そう・かずほ)さんと照手姫役の野々すみ花(のの・すみか)さんが、スーパー歌舞伎版「オグリ」(1 9 9 1 年初演)でヒロインを演じた歌舞伎俳優、市川笑也さんに、役作りのポイントや作品の魅力について聞いた。

―― 市川猿之助さん演じる小栗の相手役・照手姫に抜てきされた時の思い出は?
笑也さん 初演時、猿之助師匠に台本を手渡され、こけたら、あんたのせい」とプレッシャー
をかけられました。青森の実家に「いい役が付いたけど、失敗したら、そっちに帰るかもしれない」と電話しました。平均睡眠3 時間で、枕元には常に台本を置き、極限状態でした。「型」のない女形に挑戦するのですから。女優の藤間紫さんの演技指導に助けられました。

壮さん 宝塚の大劇場公演では、オーケストラが生演奏するので、出演者の独特の呼吸や問合いに合わせて、指揮者が音出ししてくれます。歌舞伎の音楽はいかがでしたか?

笑也さん 一部、録音した音源を使ったのですが、どうしてもせりふの間と言が合わない場面があるので、録音スタジオまで行って、オーケストラの前で演技し、自分の間に合うよう入れ直してもらいました。義太夫節を語る場面もあったのですが、三味線に音程が合わないので、伴奏なしの「アカペラ」に変更する工夫もしました。

野々さん 私が演じる照手姫は裕福な郡代の娘ですが、遊女の下働きまで身を落とします。立場の違いをどのように演じ分けられましたか?

笑也さん 小栗と出会う前の照手姫はまだ見ぬ恋を夢見ている。恋愛経験豊富な小栗と結ばれて初めて、本物の激しい恋を知ります。苦境にあっても明るさを失わないことを心がけました。竜の娘との2 役だったのですが、竜の娘では逆に陰の部分やなまめかしさを強調しました。

壮さん 小栗と照手姫は互いに意見を交わすことで理解と愛情を深めていくように思えます。男役の世界である宝塚でこの作品を演じるにはどんな視点が必要でしょうか。

笑也さん 歌舞伎は男の側から見た男女の関係を描く。宝塚は女性の観点で描かれてもいい。大事なのは「2 人の心が通い合った」という説得力を持たせることです。小栗と照手姫の再会シーンで、照手姫は相手の正体に気づきません。小栗は気づくが醜い姿なので言い出せない。その悲しみを表現する猿之助師匠の芝居に、何度も涙が出そうになりました。底辺に流れているのは純愛だと思います。

野々さん 私は先日初めて、笑也さんの舞台を拝見し、女形のあでやかさ、立ち姿の凛とした存在感に感動しました。

壮さん 私も以前にスーパー歌舞伎「新・三国志」を見ました。歌舞伎の場面を映像として自分の記憶の引き出しに残すことが「日本物」を演じる時の蓄積になります。

笑也さん 「新・三国志」には、猿之助師匠が「宝塚の『ベルばら』を中国風に」と指示された振り付けがあります。20年ほど前、歌舞伎座恒例の「俳優祭」で「ベルばら」のパロディー「佛国宮殿薔薇譚(べるさいゆばらのよばなし)」を上演したことも。付けまつ毛して。階段で踊るのは本当に難しいですね。

壮さん 小栗は苦悩や人間的な感情にあふれた主人公。笑也さんのお話を伺い、役がクリアに見えてきました。宝塚のオリジナリティーを生かして肉付けしたいと思います。

  


第26回俳優祭 1998年10月28日(土)歌舞伎座

 歌舞伎ワラエティー佛国宮殿薔薇譚(べるさいゆばらのよばなし)』 (市川猿之助氏構成・演出、朝倉摂氏美術、吉井澄雄氏照明、池田理代子氏原作・植田紳爾氏脚本「ベルサイユのばら」より)

  オスカル=中村児太郎(九代目福助) アンドレ・小公子=市川右近 マリー・アントワネット中村雀右衛門 ルイ十六世=市川團十郎 フェルゼン=澤村宗十郎(九代目) ブイエ将軍=澤村藤十郎 ベルナール=市川門之助(七代目) ロザリー・少女=中村亀鶴(初代) アラン・バラのタンゴの男(S)=中村歌六 オトワーヤ大英帝国王子=尾上菊五郎 エンデブ侯爵夫人=市川猿之助 カンクルウ公爵夫人=中村勘九郎 デカサダンジ公爵夫人=市川左團次 ダンシロフ伯爵夫人=市川段四郎 ヤジューノッポ伯爵夫人・バラのタンゴの男=坂東弥十郎 少女・バラのタンゴの男=中村信二郎 少女・バラのタンゴの男=市川小米(八代目門之助) バラのタンゴの男=片岡亀蔵 少女・バラのタンゴの男=市川笑也 バラのタンゴの男=市川猿弥