『シルバーローズ・クロニクル』東特公演

2007年10月23日(火)〜10月29日(月)  月組東京特別公演(日本青年館大ホール)


「榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー」より引用

(このレビューは東京公演が初見のものである。、写真はドラマシティ公演のものを使用)
雪組日本青年館公演(2007年10月23日)『シルバー・ローズ・クロニクル』
 
 彩吹真央(あやぶき・まお)さん主演の『シルバー・ローズ・クロニクル』が、東京で開幕した。すでに2週間の大阪公演を終えていることから、チームワークがしっかりできていて、劇中の遊びらしき部分やアドリブも危なげがない。
 “遊び”と書いたように、この作品はライトなコメディタッチで進んでいって、ポスターのイメージとはかなり違っている。ヴァンパイア好きな人が耽美を期待していくと、少しがっかりするかもしれない。だがこの作品世界には温かい笑いと切ない涙があるし、主演の彩吹真央さんと大月さゆさんの持つ日常性、カジュアルな感覚をうまく生かしたラブロマンスになっている。

 不老不死の命を持つ異形のものと、限りある命でしかない人間の恋、その結末をどう終わらせるかは、ヴァンパイアものを手がける作家に架せられた大きなテーマである。今回の作・演出の小柳奈穂子氏は、この作品全体に流れるハートウォーミングなテイストを大事に、その答をうまくハッピーエンドに落ち着かせた。だが、そのぶんヴァンパイアという、人間の血を吸って生き延びる存在のおどろおどろしさや、彼らが抱える葛藤や悲しみへの踏み込みが甘くなっている。ただ、小柳奈穂子がこの作品を作った目的が、ヴァンパイア自体を描くことではなく、憧れの世界に近づくことに命をかけた青年=エリオットの、純愛とその成長を描くという意味では、意図はきちんと観客に届けられている。人が、その一生をかけてでも手に入れたい夢や愛があるなら、心から思い続けること、そして信じ続けることしかない。そんなシンプルだが力強いメッセージが、ラストシーンから確かに伝わってくるのだ。

 舞台は1960年代のロンドン。オープニングは、詩人とヴァンパイアの少女の恋を描いた映画「銀のばら」の1シーンから始まる。祖父アランの撮ったこの映画を観ることがなによりも好きなエリオットは、大手製剤会社の庶務課に勤務していて、愛読雑誌が「怪奇と幻想」という、ちょっとオタクな青年。その彼の家の隣に「銀のばら」の主演女優にそっくりの少女アナベルが越してきた。彼女は実はヴァンパイアで、映画に主演した本人、孫にあたるエリオットを探して同じ時代、同じ街へとやってきたのだ。そして出会ったエリオットとアナベルは恋に落ちる。だが、アナベルとその兄を狙うヴァンパイアハンターのブライアンが、彼らを捕えて実験材料に使おうと暗躍を始めていた。

 エリオット役の彩吹真央さんは、怪奇物マニアという宝塚ではあり得ないキャラを、オタクの“気持ち悪さ”ではなく“ピュアさ”に変換して、主演の役割をみごとに果たしてみせた。

    


 前作バウミュージカル『NAKED CITY』(2004年5月29日(土)〜 6月7日(月)花組宝塚バウホール公演 彩吹真央さんバウホール単独初主演作品・2004年6月12日(土)〜6月18日(金)花組東京特別公演(日本青年館大ホール))でも感じたことだが、小柳世界のいい意味でのドライな日常性、テンポのよさなどを味方につけてしまうのが彩吹さんのメリットで、この作品がファンタジーなのにリアルな物語として伝わってくるのは、彼女のその資質によるところが大きいだろう。
 デート用の変身でいきなりカッコよくなるのも、宝塚の男役スターとしてはプラスだし、ラストの老けも綺麗に見せている。作曲家にも恵まれて、吉田優子氏と甲斐正人氏による美しい楽曲を、それぞれの場面でしっかり聞かせて、ミュージカルとしてのこの舞台の求心力になっている。

 ヴァンパイアの少女アナベル役の大月さゆ(おおつき・さゆ)さんは、歌唱もダンスも彩吹とのバランスがいいし、ファニーな可愛さで、ロンドンの街に不意に現れても違和感のない普通の女の子らしさが、この役としては生きている。だがヴァンパイアというイメージに伴う耽美を、もう少しだけ意識した役作りも見てみたかったと思う。これは演出と衣装の責任が大きいのだが、ビジュアルに課題が多く、カツラはドラマシティより改善されていたが、銀髪とメイクの映りがよくない。ドレスもメインで着ている1960年代のトゥイギー風より、クラシックなもののほうを綺麗に着こなしているだけに、ヒロインを美しく見せるためのもう一工夫が、全てのセクションでほしかった。

 アナベルの兄で、この作品の耽美部分を一手に引き受けているのが、クリストファー役の凰稀かなめ(おうき・かなめ)さん。持ち前の魅力であるアンニュイ感とともに、ヴァンパイアの酷薄を、ただ立っているだけで漂わせている。芝居心もある人だけに、妹を思う気持ちや異形のものの葛藤を、少ない言葉のなかで感じさせる。課題の歌も『エリザベート』以来、進歩が見てとれるし、フィナーレのタンゴも魅力的に踊っている。気になったのはせっかくの顔の小ささを、大きなカツラで損なっていることで、凰稀さんのビジュアルに関しても、今回やや演出に疑問が残った。

エリオットの祖父の代からヴァンパイアを追いつめている側の、執念深いブライアン役は緒月遠麻(おづき・とおま)さん。オールバックの髪型も切れ者らしくてよく似合うし、悪ならではの色気を正面から押し出して、ドラマに緊張感を作り出した。同期の凰稀かなめさんと並んでのダンスは、対照的な魅力を引き立てあっている。緒月さんとともに、ヴァンパイアにとって敵側となる人々は、国防長官テリー・モートン役の磯野千尋(いその・ちひろ 専科)さんアンチエイジングの科学者パメラ・メイズ役の美穂圭子(みほ・けいこ 2008年専科へ異動)さん。それぞれ若手の緒月さんを支えて悪の側の厚みになっている。ブライアンの部下の愛輝ゆま(あいき・ゆま)さんと香稜しずる(かりょう・しずる)さんは、セリフは少ないが出番は多めで印象を残す。モートンの娘で、クリストファーの牙に襲われるヴァージニア役は愛原実花(あいはら・みか)さん、ヴァンパイア世界に生きるようになってからの妖しさをうまく見せている。物語の中盤で、エリオットの詩の映画化の話で登場するのは、プロデューサー役の五峰亜季(いつみね・あき 専科)さん監督役の大凪真生(おおなぎ・まお)さん。大凪さんはラストで1曲歌わせてもらい目立っているが、彩吹さんをめざしてさらにレベルアップを。

 エリオット側としては、3つのグループが出てくる。まず彼が勤める「シルバー・ローズ・ファーマシー」の同僚たち。気のいいジェイン役の森咲かぐや(もりさき・かぐや)さんとエリートモテモテ風のマーチン役の香音有希(かおん・ゆうき)さんは、さりげない友情を示すシーンもあり、自然な芝居で会社の空気感を出している。アンの白渚すずはちょっと意地悪くておいしい役。そのほかに寿々音綾(すずね・りょう)さん、央雅光希(おうが・みつき)さん透水さらさ(とうみ・さらさ)さん桃花ひな(ももはな・ひな)さんなども生き生きと動いている。オタクなエリオットの仲間で、笑いを巻き起こすカワイイ3人組は、葵吹雪(あおい・ふぶき)さん、梓晴輝(あずさ・はるき)さん、冴輝ちはや(さえき・ちはや)さん。マニアックな人間が持つ無邪気さと情熱をうまく表現している。
 エリオットをバカにしつつ助ける人気アイドルグループのリーダー・ ティム役は蓮城まこと(れんじょう・まこと)さん、勘違いなナマイキさがカワイイ。グループのメンバー役には凰華れの(おうか・れの)さん、凛城きら(りんじょう・きら)さん、真那春人(まな・はると)さんとハンサム揃い。またルーピーの女の子たちには花夏ゆりん(はなか・ゆりん)さん、沙月愛奈(さつき・あいな)さん、愛加あゆ(あいか・あゆ)さん、雛月乙葉(ひなづき・おとは)さん、パブ従業員役の此花いの莉(このはな・いのり)さんと、若手娘役たちが華やかさを競っている。

 専科からの2人を入れて30人のチームだが、28人の雪組出演者のほとんどは、今が成長期の若手スターたち。その個性がキラキラと眩しいようにこぼれてくる舞台だ。そんな若手たちにそれぞれキャラを描き分け、メインストーリーを損なうことなくサイドの人間たちを動かしてみせた小柳演出。生徒の可能性を伸ばすのが、宝塚の座付き演出家としての手腕なら、小柳奈穂子氏はきちんとその役目を果たしている。そのことを高く評価したいと思う。(文・榊原和子氏。/写真・岸隆子氏。)