劇評(宝塚歌劇支局)『シルバー・ローズ・クロニクル』

 雪組の人気男役スター、彩吹真央(あやぶき・まお)さんが主演するミュージカル「シルバー・ローズ・クロニクル」(小柳奈穂子氏作、演出)が大阪・シアター・ドラマシティで開幕した。

 1960年代のロンドンを舞台に、吸血鬼バンパイアの少女アナベルに恋をした怪奇趣味のオタク青年エリオットの冒険と成長を描くファンタジックコメディーミュージカル。彩吹さんがめがねにセーター姿というダサイ格好で登場、笑わせながらも次第に垢抜けていく課程を生き生きと演じ、実力派彩吹さんの魅力をうまく生かした佳作に仕上がっている。

 冒頭は20世紀初頭。詩人のアラン(彩吹さん)は、銀髪の少女(大月(おおつき)さゆさん)と恋に落ちるが、彼女がバンパイアだったため、ヘルシング教授(緒月遠麻(おづき・とおま)さん)に追われ、少女はアランの前から姿を消してしまう、という前段を歌とダンスで要領よく表現、一気に1967年にタイムスリップする。主人公はアランの孫エリオット(彩吹さん)。彼は幼い頃に両親を亡くし、祖父アランに育てられたことから、アランの影響を受けて育ち、アランの詩を映画化した「銀のばら」を溺愛、ヒロインの少女に心を奪われていた。ある日、映画のヒロインそっくりの少女アナベル大月さん)が隣に引っ越してくる。実は彼女こそ60年前に祖父アランの前から姿を消したバンパイアの少女だったのだ。

 バンパイアに憧れる青年が、実際にバンパイアの少女に恋したことから、さまざまな冒険に巻き込まれ、自身も成長していくというストーリー展開は、それほど新味はないが、およそ宝塚の男役らしくないオタク青年を主人公に持ってきた発想は面白い。彩吹さんも硬軟自在に熱演して、大いに笑わせる。しかし演出がややマジメすぎてせっかくの設定が面白みに欠く場面も。両者にもう少し徹底したユーモアのセンスがあればさらによくなるだろう。真矢みきがこの役をやったらと思うと意味がおわかりになるだろう。

 アナベル役の大月さゆさんは、一風変わった役を神秘的に演じ込んで好演。しかし、銀髪のカツラはまずまずだが、衣装がどれも似合っておらず、外見が美しくないのはいかがなものか。フィナーレのデュエットダンスのドレスが際だって美しくプロポーションもよく見えたことから芝居の衣装に一考を。

 アナベルの兄でバンパイアのクリストファー役を演じた凰稀(おうき)かなめさんは長い銀髪に黒づくめの衣装とまるでトートのような雰囲気でかっこいいことこのうえない。彩吹さん扮するエリオットとは対照的で、得な役まわりを存分に生かした。ヘルシング役の緒月さんも仇役というおいしい役どころを堂々と演じて、一回り大きくなった感じ。

 ほかに、エリオットにデートの方法を指南する友人ティム役の蓮城(れんじょう)まことさんがすっきりとした二枚目ぶりとコメディアンぶりで急成長。バージニア役の愛原実花(あいはら・みか)さんも娘役としての存在感がますます大きくなってきた。

 コメディーリリーフではダニエル役の葵吹雪(あおい・ふぶき:2009年1月29日退団)さん、歌ではスティーブ役の大凪真生(おおなぎ・まお)さんが実力を発揮した。