駆け引きに 一喜一憂 馬鹿らしい


日本経済新聞 

6月の米朝首脳会談に向けた米朝の駆け引きが続くなか、北朝鮮が強硬策に出た。米韓の軍事演習に反発し、16日に予定していた南北閣僚級会談の延期を表明。米朝首脳会談の再考もちらつかせながら、北朝鮮への強硬姿勢で知られるトランプ政権高官を名指しで非難した。緊張をあおり「完全な非核化」で米国に譲歩を迫る瀬戸際戦術の一環だ。強気の背後には、中国との急接近で得た「自信」も垣間見える。


 16日午前0時半、北朝鮮当局は韓国統一省に一方的な会談中止を通知した。理由は核兵器を搭載できるB52戦略爆撃機の参加も取り沙汰されていた米韓空軍の航空戦闘訓練。朝鮮中央通信を通じて「我々が示した努力に非道な挑発で応え、全同胞と国際社会に大きな憂慮と失望を与えた」と不快感を表明した。


 しかし北朝鮮の真意は、その数時間後に発表した金桂官(キム・ゲグァン)第1外務次官の談話にあったようだ。談話はボルトン米大統領補佐官を名指しし「対話の相手を甚だしく刺激する妄言が次々と飛び出ている不穏な行為に失望する」と非難を加えた。


 ボルトン氏は13日の米ABCテレビで「北朝鮮に見返りを与えるより前に、恒久的かつ検証可能で不可逆的な非核化が必要だ」と主張していた。就任前には北朝鮮への先制攻撃論や、非核化を果たしたリビアの成功体験を参考にする考えなどを唱えてきた強硬派だ。最近は、北朝鮮から核弾頭を南部テネシー州オークリッジへと運び出す計画などにも言及していた。


 北朝鮮の談話は6月12日にシンガポールで開く米朝首脳会談にも言及。「一方的な核放棄だけを強要するなら、我々はそのような対話にこれ以上興味を持たない。会談に応じるか再考するしかない」と米国を威嚇した。


 米国への接近と非核化に伴う朝鮮人民軍などの内部の反発を一因と見る向きもあった。北朝鮮は4月20日に体制の基本方針だった「核開発と経済建設の並進路線」を修正し、経済を重視する新路線を採択したばかりだ。


 しかし金正恩キム・ジョンウン)委員長に念願の米国との対話をやすやすと手放す選択肢はない。真の狙いは、交渉の主導権を米側に握られないようけん制し、首脳会談で自らに有利な合意を導くことだ。軍事演習への反発と談話からは、朝鮮半島での米軍のプレゼンスを低下させようとする意図が透ける。


 談話は「米国の敵視政策と核の威嚇・恐喝を終わらせることが先決条件」とも主張した。先の南北首脳会談の板門店宣言には休戦状態にある朝鮮戦争終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換する考え方を盛った。北朝鮮はこの先に、米軍を朝鮮半島から徐々に遠ざける戦略を描いている。


 2016年に北朝鮮が発表した報道官声明は、韓国に核兵器を持ち込まないとの確約や戦略兵器の展開中止、在韓米軍の撤収まで求めている、北朝鮮が唱える「朝鮮半島の非核化」は、北朝鮮の核放棄だけを意味するわけではない。


 北朝鮮が示した強気の姿勢の背後には、中国を「後ろ盾」に得た自信がうかがえる。中国外務省の陸慷報道局長は16日の記者会見で「全ての関係国はお互いに緊張を引き起こす行為を避けるべきだ」と述べ、北朝鮮を擁護した。急速に関係を縮める中朝は「段階的な非核化」でも共鳴する。後見役の中国には非核化交渉の主導権をトランプ米政権に渡さないという意思が働く。


 北朝鮮にとっての最大のリスクは、軍事攻撃の可能性もちらつかせるトランプ米大統領の存在だった。ただ、ポンペオ国務長官が就任前も含めて2度訪朝。9日には金正恩氏と「満足な合意」に至った。23〜25日には北東部の豊渓里(プンゲリ)を爆破し「完全封鎖」するとも宣言、約束の履行に向けた北朝鮮なりの「誠意」も見せた。


 自信を得て、リスクを排除したと考えた北朝鮮が、残り4週間に迫った首脳会談へ積極的なディールへと打って出始めたとも読める。予測不可能性の高いトランプ、金正恩両氏の取引の着地点はなお見通せない。

 (ソウル=恩地洋介、ワシントン=永沢毅)