* テレビ: 視聴率も大事だが それ以上に

鈴木祐司 | 次世代メディア研究所長/メディアアナリスト/津田塾大学研究員 11/5(日) 11:04

ドラマは言葉で出来ている。
ただしストーリーの流れ・役者の演技・映像や音楽の組み合わせで、1つのセリフが突然輝きだし、万人の心を動かすことがあるから不思議だ。
今クールのドラマ序盤、最も視聴者の心を動かしているのがTBS日曜劇場『陸王』だ。


量的評価と質的評価


視聴率で評価すると、最もみられているのはテレ朝『ドクターX』。初回20.9%・2話19.6%・3話19.0%と他を圧倒している。一方2位の『陸王』は、初回14.7%・2話14.0%と、『ドクターX』に比べ4分の3ほどに留まる。両者の差はかなり大きい。


ところが量的評価でも、録画再生視聴率だと評価が少し変わる。
『ドクターX』初回の録再率は10.7%。対する『陸王』は9.7%。依然『ドクターX』が上だが、リアルタイム視聴率ほど両者に差はない。
リアルタイム視聴には、“ながら視聴”や“漫然視聴”が一定割合含まれる。ところが録画再生視聴は、“専念視聴”の割合が高くなる。集中して見たいという人々の間では、両ドラマの差はあまりないと言えそうだ。


さらに満足度という質的評価にすると、評価は逆転する。
データニュース社「テレビウォッチャー」によれば、『ドクターX』の満足度は初回3.92・2話3.86・3話3.90。ドラマの平均は3.6〜3.7なので、同ドラマを見た人々の評価はかなり高い。




ところが『陸王』は、さらに上を行く。初回3.98・2話4.11。この4.1超は、極端に高い数値だ。しかも2話が初回を超えた。視聴率をあまり落とさずに満足度を上げるのは、ドラマに勢いがあり、視聴者が高く評価している証拠だ。
最近で言えば、満足度が初回3.94・2話4.00の『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年秋)が近いが、視聴率は『陸王』がかなり上を行っている。
下町ロケット』も、初回3.95・2話4.18で似ていた。ただし視聴率は初回16.1%・2話17.8%。勢いでは少し届いていない。

初回山場のセリフ

陸王』初回の山場で発せられたのは、「あなたが見ているのは、こはぜ屋じゃない。自分の出世のための目先の利益。支店長の顔色だ。自分のことだけ考えているのはあなただ。そんな銀行員に、うちの未来をどうこう言えるんですか。帰って、支店長にそうお伝えください」だった。主人公の4代目社長・宮沢紘一(役所広司)が発した言葉である。

こはぜ屋は老舗だが、経営はじり貧。
確実な利益だけを追求するメインバンクの支店長(桂雀々)や融資課長の大橋(馬場徹)は、こはぜ屋への融資に否定的だった。ところが担当の坂本(風間俊介)だけは、同社の将来のために新規事業を始めるべきと提案していた。
これを受けて宮沢は、足袋の技術を活かしたランニングシューズ開発を決意。やっとの思いで試作品を完成させた。
ところが実業団の陸上部で使ってもらおうとするが、「実績がない」ことを理由に監督に断られる。
メインバンクの行田支店に融資を求めるが、支店長は「実績がない」と拒否。
さらに学校で使ってもらおうとコンペに臨んだが、「実績がない」と採用に至らなかった。

そして親身に相談に乗ってくれた坂本が左遷と決まり、後任の大橋課長と共に訪ねて来た。大橋は無謀な新規開発をやめ、リストラを迫ってきた。ところが宮沢は「マラソン足袋の開発を続ける」と宣言し、「新事業を提案し、真剣に考えて手を貸してくれた同士である坂本を馬鹿にするのは止めて頂きたい」と大橋を一喝した。

視聴者の反応

「感動的だった」男38歳(満足度5・次回絶対見る)
「重みがあって、感動どきどき。すごく引き込まれた」女52歳(満足度5・絶対見る)
「中小企業は技術があっても軽く扱われることが多いのか。憎たらしい人物が多い」男34歳(満足度5・絶対見る)
「銀行の課長を遣り込めるところは感動した」女61歳(満足度5・絶対見る)
「池井戸作品お約束の終盤の巻き返しやセリフが爽快」女32歳(満足度5・絶対見る)

こはぜ屋の苦境の連続。諦めない4代目社長。従業員たちの一致団結。ところが損益計算だけで全否定してくるメインバンク。宮沢社長は自らの擁護ではなく、協力を惜しまなかった一行員への理不尽な仕打ちに対して、弱い立場を顧みず怒りを露わにした。
これで問題が解決に向かうどころか、ますます悪化することが分かっていながら屈しないその姿勢に、視聴者は心の中で拍手喝采したのである。

第2回のセリフ

第2回の山場は、「シルクレイの特許、あんたに使ってもらうことにした」「一番重要な条件は、俺もあんたのプロジェクトに参加させてくれ。あんたのせいで思い出してしまった。シルクレイ作った時のこと。あんたにも味わせてやるよ。あの興奮を」というセリフだった。こはぜ屋が開発に挑戦していたマラソン足袋に不可欠なソール(靴底)の素材を発明した飯山産業社長(寺尾聡)の発した言葉である。

飯山は大発明をしたが会社は倒産。シルクレイは死蔵特許となってしまった。
陸王」のソールとして最適と考えた宮沢は、飯山を見つけ出し「シルクレイを使わせて欲しい」と願い出る。ところが条件があわず商談は失敗。
こはぜ屋は他の素材を探すが、シルクレイ以上の素材はないと判明し、宮沢は再び飯山を訪ねる。ところが、やはり条件が合わない。
いっぽう息子・大地(山崎賢人)は就職試験に落ち続け、「世の中から自分が全否定されている気がした」と弱音を吐く。その言葉で宮沢は、飯山に信用してもらうことが大切と気づく。
やっとの思いで会社を見てもらうと、製造現場に触れ飯山は輝きを取り戻す。そこで再度、シルクレイの話を持ち出してみたが、「背に腹は代えられない」とやはり断られる。
ところが、飯山が当てにしていた特許売却先のシカゴケミカルが、「一度倒産されたた方は信用できない。今回の件はなかったことにして頂きたい」と交渉を打ち切ってきた。
落ち込んだところに宮沢から電話が入る。「シルクレイのことは残念ですが、飯山さんの持っている経験や知識を、もっと色々教えて頂きたいんです。飯山さんがシルクレイを完成させたように私も陸王を完成させてみせます。飯山さんは私の目標です」と気持ちを伝える。
翌日、飯山は宮沢にシルクレイ製造機を見せる。そして冒頭のセリフが、飯山の口から出て来たのである。

視聴者の心が動く瞬間

「特許を使わせてやるというシーンは感動しました」女61歳(満足度5・次回絶対見る)
「飯山の心をつかんでいく過程に感動。ラストは最高に良いシーンだった」女39歳(満足度5・絶対見る)
「寺尾さんと役所さんの演技合戦がとても見ごたえがあった」男42歳(満足度5・絶対見る)
「信じること、信頼されることが如何に大事か。人間にとってお金より大事な事です。とっても良かった」女65歳(満足度5・絶対見る)


第2話の満足度4.11は、こうして達成されたのである。

人は何のために働くのか。
もちろん、お金は重要な動機である。しかし自分が面白いと思える仕事や、人の役に立っていると実感できる仕事なら、お金を二の次にしてでも働ける。
こうした思いが人を団結させることがあるし、絶望していた人を再起させられることがあると、『陸王』序盤は静かに語りかけている。
普通の言葉で出来たセリフでも、役者の演技・布石の打ち方・映像の積み重ね・文脈次第で視聴者の心を大きく動かすと証明して見せたのである。

第2話までで、もう1人の挫折者・茂木(竹内涼真)も「陸王」に出会い、どん底から立ち上がることが暗示された。
これで挫折経験者は、宮沢社長(役所広司)、息子の大地(山崎賢人)、じり貧のこはぜ屋(阿川佐和子など)、飯山社長(寺尾聡)、茂木選手(竹内涼真)、そして左遷された坂本(風間俊介)と役者が出そろった。
立ちはだかるのは、行田支店の支店長(桂雀々)、融資課長(馬場徹)、アトランティス社の営業部長(ピエール瀧)や営業担当(小籔千豊)らだ。
池井戸潤原作で典型的なこの“弱小vs強大”という構図の中で、視聴者が結末を予測し尽くしてくる展開の中で、制作陣はどんなセリフに感動を込めて来るのか。ストーリーテリングの魔術の妙に期待したい。