「失敗」から学ぼう

 『ひとみ』異常回転を止められず。


 打ち上げから2カ月余りで運用を断念したX線天文衛星「ひとみ」宇宙航空研究開発機構JAXA)の原因調査で、単純ミスの積み重ねが機体の分解を招いたことがわかってきた。安全設計もお粗末で、JAXAの宇宙開発の現場は、根本からの見直しに迫られている。


 「驚くような(人為的)ミスだった」「設計の全体感を見るアプローチが抜けていたのではないか」。5月24日、JAXAによる事故原因の調査を検証する文部科学省の小委員会。委員から厳しい声が上がった。

 ひとみは2月17日に打ち上げられ、4月28日に運用を断念した。JAXAの説明によると、ひとみは大きな二つの失敗によって分解した。


 一つは、姿勢制御プログラムの設計が不十分だったこと。観測に適した姿勢になるため明るい星を基準に調整する仕組み。だが、明るい星をうまく見つけられず正しく動かなかった。

 設計段階ではこのような場合、地上操作で姿勢を直すはずだった。ところがJAXA内で地上操作の必要性が現場に引き継がれず、具体的な手順もないまま打ち上げられた。その結果、ひとみは異常回転を始めてしまう。


 二つ目の失敗は、打ち上げ後の人為ミス。2月、異常があった場合に自動で姿勢を整える「セーフホールドモード」で使う噴射の設定値を実際のひとみの状態に合わせて変更した。この際、JAXAに協力するNECの担当者が、プラスにすべき設定値をマイナスで入力。異常回転を加速させてしまった。

 担当者が使ったのは開発用のプログラムでマニュアルもなかった。JAXAは、ミスが起きやすい環境を把握せずに作業を進めていた。「リスクに対する配慮が不足していた」とJAXAは説明する。

 JAXAでは他の衛星でも人為ミスが起きたばかりだ。2月、金星探査機「あかつき」の姿勢を誤認したまま指示を送信。1日以上にわたり地上との通信が途絶えた。実際の作業をNECが担当し、JAXAが誤りに気づかなかった点でひとみと同じだ。

 
ミスはなぜ続くのか。


 JAXA内でひとみなどの天体観測を担う宇宙科学研究所(ISAS)は伝統的に、プロジェクト管理と科学的な成果の責任を同じ人が担ってきた。文書でなく、口頭で作業や設計変更を伝えたこともあったというが、計画が小さければ問題は生じにくかった。

 だが、ひとみは米国や欧州など8カ国61機関が加わる大型事業だ。予算も日本だけで約310億円。従来のやり方が通じる事業でなかった。だが、JAXAは「従来のやり方を捨てきれなかった」と説明する。

 ひとみは従来より明るさが100分の1の天体も観測できる性能があった。世界中の期待が集まり、多くの観測テーマが与えられる一方、基本的な衛星の整備がおろそかになった面もある。

 検証委員の一人で日本学術振興会学術システム研究センターの佐藤勝彦所長は「高度な天文衛星で観測が優先されたのも分かる。だが、全体を見て安全性を保つ設計が甘かった」と指摘する。

 5月31日の検証委員会でJAXAは今後の改革策を提出。プロジェクト管理と科学的な成果に責任を持つ役職の兼務をしないことにした。さらに、メーカーとの役割分担の明確化や第三者による設計審査の強化も盛り込まれた。

 文科省宇宙開発利用課の堀内義規課長は「委員会のなかで指摘された調査結果を引き続き検討し、早ければ今月にも対策をまとめたい」と話す。(山崎啓介、竹石涼子)


■ひとみ分解の原因(JAXAの調査結果による)

【事前設計】

・姿勢制御プログラムの設計が不十分。姿勢を調整する仕組みが動かず

・姿勢を直す地上操作用のマニュアルが不十分

→異常回転の開始を止められず

【打ち上げ後の操作】

・運用支援するNECが、姿勢制御に使う噴射の設定値を誤って衛星に送る

JAXAもミスに気づかず

→異常回転を加速