『鼻血論争』に 矮小化される 原発事故

 3年が経過しても、収束しない原発事故の被害。土地を追われ、家族がバラバラになっている中で、将来や健康に不安を覚え、ストレスがたまり、体調を崩すのは当然である。鼻血が出る人はいるだろうし、それが狭い範囲の「放射能(線)被害」ではないかもしれません。でも広義の原発被害である可能性は高い。


 地方自治体の疲弊が、原発誘致を招いた面もあるし、利権に群がる人と原発関係者の癒着が招いた結果だし、原発安全神話を信じた人の招いた厄災かも知れない。でも、それは起こるべくして起こった不幸。


 反省や後悔はしなければならない。しかし、今しなければならないのは、再び事故を起こさないことであり、火山と地震の国に原発をもうこれ以上けんせつしないこと。一刻も早く廃炉への道筋をつくること。「鼻血」があったなかったというより、今ある福島第一原発の完全廃炉と除染が急がれる。

 

 毎日新聞

メディア時評:「美味しんぼ」描写、踏み込んだ放射線報道を=コラムニスト・小田嶋隆
毎日新聞 2014年05月10日 東京朝刊

 小学館発行の漫画誌ビッグコミックスピリッツ」の連載漫画「美味(おい)しんぼ」が物議を醸している。話題になっているのは、4月28日に発売された号で、東京電力福島第1原発を視察した主人公らが、鼻血を出すなど、体調不良を訴えるシーンだ。同誌の編集部には読者からの問い合わせが殺到し、ネット上でも大きな反響が広がった。

 作品中では鼻血が放射線の影響だと断定しているわけではない。が、作中に実在の人物として登場する井戸川克隆・前福島県双葉町長は「私も出る」「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と語っている。

 ともあれ、虚心に作品を読む限り、作者は、主人公らの体調悪化の原因が放射線の影響であることをかなり誘導的に示唆している。そして、漫画作品にとって重要なポイントは、「断定しているか否か」ではなくて、「どんな印象を与えるか」なのである。

 当作品について、4月29日の毎日新聞は、スピリッツ編集部と井戸川前町長に取材した記事を掲載している。記事の末尾に、放射線防護学を講じる2人の専門医のコメントを載せた、全体として、慎重な言い回しの文章だ。

 これに対して5月3日の東京新聞は「ニュースの追跡」欄で、「確かなのは『分からない』」と題した、「美味しんぼ」の描写を擁護する論調の記事を掲載した。

 さらに5月4日の福島民報は、Q&Aのコーナーを使って、「放射線被ばくで鼻血は出るのか」という真正面からの問いを設定している。回答者は、県の放射線健康リスク管理アドバイザーである長崎大教授の高村昇氏。回答の内容は「鼻血は種々の原因によって起こることが知られていますが、少なくとも福島県内における鼻血が放射線被ばくによるものであるとは考えられません」といういたって明快なものだ。

 三つの記事を読み比べて思うのは、震災後3年あまりを経て蓄積された放射線の知識について、新聞は、そろそろ踏み込んだ記事を書くべき時期に来ているということだ。その意味で東京新聞の記事は論外。福島民報は、作品とは別に鼻血に論点を絞った点で冷静。毎日新聞はバランスの取り方において妥当だったと評価できる。(東京本社発行紙面を基に論評)

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 ■人物略歴

 ◇おだじま・たかし

 1956年東京・赤羽生まれ。早稲田大教育学部卒。近著に「ポエムに万歳!」(新潮社)などがある。

 週刊ビッグコミックスピリッツの人気漫画「美味(おい)しんぼ」の東京電力福島第一原発事故をめぐる描写=問題とされたのは先月28日と今月12日発売号。前者では福島第一原発の構内を取材した主人公らが原因不明の鼻血を出し、福島県双葉町の井戸川克隆・前町長が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語る場面が描かれた。続く12日号では、井戸川氏の「鼻血や疲労感で苦しむ人が大勢いるのは被ばくしたから」「今の福島に住んではいけない」との発言を紹介。福島大の准教授も実名で登場し「福島はもう住めない、安全には暮らせない」「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんて、できないと私は思います」と語る場面も描かれた。