今日の本

 百姓から見た戦国大名(ちくま新書 618)‖黒田 基樹/著


あとがき引用
 歴史を学ぶ、というのは実は、自らが立脚している地点を認識することである。自らは今どこに立っているのか、ということを、過去の社会との対話を通じて認識する営みである。したがって歴史は、現在の社会の展開に連動して、その位置付けや理解も展開していくことになる。
そのため歴史研究には決して終わりがなく、常に捉え直しと新しい理解の構築がすすめられていく宿命にある。戦国大名を正面から取り上げた書物として、本書は、1981年の小和田哲男氏の『戦国武将』(中公新書)以来になると思う。実に25年ぶりのものになろう。その間、戦国時代研究は、戦国大名研究から、それを相対化していく戦国社会研究へと転回された。さらには権力と民衆の関係についての理解も転換され、それを支える実証研究がすすめられてきた。

 
 そうした状況は、それまでの人々を規制していた、家・村、さらには国民国家といった、伝統的共同体の機能の減退・解体により、それらの存在が明確に自覚化されたことによっている。それによりあらためて、それら伝統的共同体の歴史的な形成の過程や意味を明らかにする必要が生じている。そしてその解明を通じて、現在における、それらの解体にともなう社会における様々な変化などについて、客観的・科学的に認識することができることになろう。本書はそうした研究動向の成果をもとに、戦国社会のなかに戦国大名を位置付け、社会主体である村・百姓の視線に立って、その歴史的意味を描き出そうとこころみたものである。ここ20数年におよが戦国大名研究の成果の到達点として、また今後における研究の出発点に位置するものになってくれればと願っている。


 もっとも本書においては、分量の関係から、 一つだけあえて詳しく取り上げなかった問題がある。在地の有力者たちの領主への被官化や奉公関係の形成の問題である。これは戦前以来の「兵農分離」という学説に関わり、現在の研究状況では、同学説についてしっかりと論じる必要があり、それには相応の分量を必要とすることによる。この問題については、別に機会を得られれば、論じることにしたい。


 また本書を書き終えて、あらためて課題にしたいと強く思うのは、「村の成り立ち」のための日常的な仕組み、そのための社会関係の解明である。本書もそのような課題に基づいたものであったが、より民衆の日常生活に接近していきたいと思う。具体的には、村・百姓の借金問題を通して迫っていきたいと考えている。すでにその追究に取り組んでいるが、今後さらに本格的に追究をすすめていこうと思っている。 2006年7月 黒田基樹

 黒田基樹(くろだ・もとき)
 1965年東京生まれ。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。博士(日本史学)。専門は中世史。現在は駒澤大学立教大学非常勤講師。史料をもとに戦国期の社会を多方面から読み解く気鋭の研究者である。著書は『戦国大名の危機管理』『戦国大名北条氏の領国支配』『戦国大名と外様国衆』『戦国大名領国の支配構造』『戦国期東国の大名と国衆』『中近世移行期の大名権力と村落』など多数。