wowow宝塚への招待 『赤と黒』(2008年星組)


 フランスの文豪スタンダールの長編小説「赤と黒」を原作に、主人公ジュリアン・ソレルの恋と野望をドラマティックに舞台化した作品。4月に退団した星組トップスター安蘭けいさんの代表作ともなった。収録日/2008年3月22日収録場所/大阪・シアタードラマシティ

☆2009年6月17日19時〜フランスの文豪スタンダールの長編小説「赤と黒」を原作に、主人公ジュリアン・ソレルの恋と野望をドラマティックに舞台化した作品。2009年4月に退団した星組トップスター安蘭けいさんの代表作ともなった。
 出演は、安蘭けい(あらん・けい)さん遠野あすか(とおの・あすか)さん柚希礼音(ゆずき・れおん 次期星組トップスター)さん、英真なおき(えま・なおき 星組組長)さん、にしき愛(にしき・あい)さん紫蘭ますみ(しらん・ますみ)さん美稀千種(みき・ちぐさ)さん立樹遥(たつき・よう)さん百花沙里(ももか・さり)さん涼紫央(すずみ・しお)さん毬乃ゆい(まりの・ゆい)さん、琴まりえ(こと・まりえ)さん和涼華(かず・りょうか)さん彩海早矢(あやみ・はや)さん夢咲ねね(ゆめさき・ねね 次期星組娘役トップスター)さん萬あきら(ばん・あきら 専科)さん 、磯野千尋(いその・ちひろ 専科)さんほか。


◇2009年4月26日(星組東京宝塚劇場公演千秋楽)付退団者=朝峰ひかり(あさみね・ひかり)さん安蘭けいさん・紫蘭ますみさん・立樹遥さん・涼乃かつき(すずの・かつき)さん・星風エレナ(ほしかぜ・えれな)さん遠野あすかさん・和涼華さん・一輝慎(かずき・しん)さん・麻尋しゅん(まひろ・しゅん)さん。 参考=La vie de Crillon 09/04/27 


☆2008年3月13日(木)〜3月25日(火) 星組梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ公演・2008年3月31日(月)〜4月7日(月) 星組日本青年館大ホール公演・2008年4月12日(土)〜4月14日(月) 星組愛知厚生年金会館公演 ミュージカル・ロマン『赤と黒』―原作 スタンダール― 脚本/柴田侑宏氏。演出/中村暁氏。


2008年4月11日 (金) 中本千晶のヅカ★ナビ!より引用。

 かのスタンダールの有名な小説「赤と黒」がタカラヅカが上演されると聞いて、普段はタカラヅカにはまったく興味を示さない男性が突然「観てみたい」といいだした。 彼は大変な読書家で、昔読んだ「赤と黒」がタカラヅカの舞台だとどうなるのかみてみたいという。 こういう男性がひとりでも多くタカラヅカ体験をするのはいいことだ!と張り切って劇場に連れて行った私。 客席に着き、プログラムをパラパラとめくった彼が突然、驚きと不安に満ちた声をあげた。 「マチルドの写真がすごく小さいんだけど・・・

 いわれて見ると、まず最初にジュリアン・ソレル(安蘭けいさん)とレナール夫人(遠野あすかさん)の巨大な顔写真が1ページ1人サイズでドンドンと掲載されている。 ところが、次ページに来るのがフーケ/コラゾフ伯爵(柚希礼音さん・2役)とレナール氏(立樹遥さん)。その次のページがノルベール伯爵(涼紫央さん)、ピラール校長(磯野千尋さん)、ラ・モール侯爵(萬あきらさん)、シェラン司祭(英真なおきさん)の4人である。

 そしてマチルドの(夢咲ねねさん)は、さらに次のページの9名の顔写真のなかに入っていた。しかも1番最後にひっそりと・・・。お約束により大きさを測ってみると、ジュリアンとレナール夫人が縦23.1×横17.2cmの巨大版であるのに対し、マチルドは縦6.6×横5.2cmに過ぎない。

 ご存知のとおり「赤と黒」はジュリアン・ソレルと、レナール夫人とマチルドという対照的な二人の女性をめぐる物語といっていい。当然、プログラムでも、ジュリアン・ソレル役、レナール夫人役、マチルド役の順で紹介されると考えるのが普通だろう。 彼としてはごく自然に発した疑問だったのだ。
だが私には、そんな疑問を開口一番に発する彼のほうが新鮮だった。

 タカラヅカの世界は「役の大きさ」よりも「役者の序列」優先主義なのだ。その序列はスターとしての格および年功序列で決まる。 マチルド役の夢咲ねねさんは、まだ入団6年目で、しかもこの公演で月組から星組に異動してきたばかり。タカラヅカ的序列のなかでは縦6.6×横5.2cmでも致し方ないかもしれない。

 「マチルド役をやる人が、まだ若手だからだよ」とりあえずそう説明しておいたが、彼は腑に落ちない様子。そりゃそうだ。 説明した私まで、「もしかしてこのプログラムの通りに、原作が大幅改変されていたらどうしよう・・・?」 と不安になってきてしまった。

 だが、幕が上がった瞬間、その杞憂は一気に吹き飛んだ。フランス革命の反動による保守的な空気のなか、貴族の驕慢、僧侶の台頭、中流階級の見得が交錯するさまが的確に描かれ、物語を甘ったるい恋の三角関係の話に終わらせなかった。安蘭けいさんのジュリアンも下層階級の鬱屈とほとばしる野望を効果的に魅せた。 何より脚本の柴田侑宏氏の原作に対する深い理解と尊重が感じられたのが好ましかった。

 そして、フランス随一の大貴族の令嬢マチルド。美貌と才気に恵まれ、イケメンで金持ちの婚約者までありながら、退屈な貴族サロンにうんざりし、身分違いのジュリアンとの恋に情熱を傾ける。いや実際は「身分違いのジュリアンとの恋に命を燃やす自分」に恋しているだけなんだけど。

 この勘違い小娘、イタいけど憎めない、むしろ非常に愛着がある。夢咲ねねさんのマチルドは、原作を読みながら思い描いていたマチルドそのままで、ジュリアンそしてレナール夫人に拮抗していた。

 観終わったファンも、「夢咲ねねさんのマチルドは、よかったよね〜」と、口々に誉めて、今回の抜擢を祝福していた。

 かといって、あの写真の扱いについてギモンを抱くファンは、一人としていないのだ。 舞台は舞台、序列は序列。この二つを切り分けることで、全体の絶妙なバランスが保たれる。そして、その隠された違和感のなかから明日のスターが再生産される。そのことをみんな暗黙に了解している。それがタカラヅカの流儀なのだから。 タカラヅカって本当に不思議なところだと、改めて実感したのであった。(中本千晶氏)


☆☆2008年3月21日 (金) 原和子の宝塚初日&イベントレビュー 安蘭けい、確かな演技力 これぞ宝塚ロマン 星組赤と黒
 星組ドラマシティ公演初日(3月13日) ミュージカル・ロマン『赤と黒
 

 きわめて“宝塚ロマン”な作品である。 原作の愛読者からすれば、背景となるフランス社会の描写にやや物足りなさを覚えるかもしれないが、膨大な原作を2時間という枠に絞り込み、焦点を主人公ジュリアン・ソレルの愛の軌跡に定めたアダプテーションは、さすが柴田侑宏氏の油の乗り切った時代の作品である(今回の演出は中村暁氏)。

 そしてこの舞台のキャストたちが、作品の意図をよくわかって消化し的確に表現していることで、原作の魅力がきちんと伝わってくる。ところどころに混じっているアナクロなセリフやストレートな演出は、時代を感じさせたりもするのだが、それを補ってあまりある文学的香気がこの舞台にはあって、それこそが“宝塚ロマン”なのだ。

 スタンダールの名作「赤と黒」は、柴田氏の脚本では3度ほど舞台化されている、最も近いものは89年の月組バウホール公演で、当時の二番手スターだった涼風真世さんが主演している。比較論はナンセンスなので、ここでは持ち込まないが、ジュリアン・ソレルという人間へのアプローチが涼風真世さんと安蘭けいさんでは、対極といってもいいほど違っているのが、当時を知るものとしては興味深く、またどちらも成立させてしまう懐の深さが、名作の名作たるゆえんなのだろう。

 ドラマはナポレオン没後のフランスから始まる。大革命から王政復古に揺り戻した1830年。小都市ヴェリエールに材木商の息子として生まれたジュリアン・ソレルは、ナポレオンを崇拝し、立身出世を志し神学生になるべく学んでいた。

 そんなジュリアンに目をつけた町長のレナール氏は、息子たちの家庭教師として迎え入れる。そこでジュリアンは美しいレナール夫人に出会い、彼女を征服する野望を抱く。だが2人の仲に嫉妬した女中のエリザが密告、ジュリアンはレナール邸から追放される。そして入学した神学校では、校長のピラールの信頼を得るものの派閥争いに巻き込まれ、パリの大貴族ラモール侯爵のもとで働くことになる。

 その侯爵家には美しく誇り高い令嬢マチルドがいた。取り巻きの貴公子たちにあきたらないマチルドは、ジュリアンを誘惑する。恋の駆け引きを繰り返すうちに惹かれていく2人。だが2人の恋を知ったレナール夫人からの告発の手紙がラモール侯爵に届き、それがジュリアンを悲劇へと導いていく・・・・・・。

 主役のジュリアン・ソレルは安蘭けいさんで、まずその初々しさに驚く。処刑時が23歳という主人公の若さを、メイク、セリフ回し、佇まいなどで浮かび上がらせつつ、同時にジュリアンの内部にある矛盾を演技力で見せていく。誇り高さと傲慢の裏にあるコンプレックスや不安、愛を踏み台にしながらも足をとられていく脆さや熱情、そんな未整理な自己を生きるジュリアン像が、リアルに描き出される。そしてラストシーンでは、ジュリアンが最終的に求めたものは野望でも成功でもなく、ただ“愛”だったのだという、いわば浄化された状態を、清々しさと澄み切った表情で見せてくれた。

 遠野あすかさんのレナール夫人は、信心深さと人間的な部分を併せ持つ女性像を巧みに作り上げた。子どもが3人いる人妻の落ち着きと美しさは、未婚の若い娘とは異なり陰影を必要とする。遠野さんはキャリアと持ち味を生かして、貞淑な夫人の心に潜む愛への渇望を、ジュリアンとの逢瀬でほとばしらせてみせる。その姿には成熟したエロティシズムが溢れていて、まさに大人の女役の魅力と言っていいいだろう。

 ジュリアンと愛し合うもう1人の女性マチルドは、組替えで月組からきた夢咲ねねさん。長身だが可愛らしさを出せる娘役で、華やかなところはマチルド役にぴったり。柔軟性のある演技力は、月組時代から定評があっただけに、初顔合わせの安蘭けいさんとのやりとりも違和感がない。あえて苦言を呈するなら、ジュリアンの首を墓場まで抱いていくという女性の、やや狂気じみた危うさが演技のなかにのぞけば申し分ないだろう。

 柚希礼音さんは1幕でジュリアンの友人フーケ、2幕でマチルドの兄の友人でジュリアンに恋の指南をするコラゾフ公爵。出番が少なくて星組の二番手としてはもったいない使われかただが、堂々とした存在感は、『エル・アルコン』で成長した賜物か。フーケの役では温かく友人想いの人柄を、コラゾフでは遊び人の貴族らしい色気と鷹揚さを見せている。コラゾフ役で、もう少し退廃の香りが深くなるとさらに面白い役割になるはずだ。

 キャラクターが鮮明で印象的な役割を演じたのは、立樹遥さんのレナール氏。小都市の町長であり、助役をライバル視して権威を争うという俗物ぶりも、妻や家族を大事にする善人ぶりも過不足なく演じている。この役が陰湿だとレナール夫人の恋が昼メロ風になりかねないだけに、立樹さんの明るさと素朴さ、そして品のよさは、レナール夫人に罪の意識を持たせる説得材料になった。

 涼紫央さんのノルベール伯爵は、マチルドの兄で、こちらも出番が少なくて贅沢なキャスティングの1人。貴族的な雰囲気はお手のもので、明らかにジュリアンと階級が違うことが自然ににじみ出て、この舞台に必要な封建社会の空気を感じさせてくれる。

 そのほかの出演者たちを1幕と2幕に分けて紹介していこう。

 まず1幕、ジュリアンを見いだし神学校へと連れて行くシェラン司祭は英真なおきさん、情と厳しさを見せている。レナール氏のライバル、助役のヴァルノ氏・にしき愛さんは徹底的に嫌みな存在としてキーマン的役割を果たした。レナール夫人の友人のデルヴィール夫人は琴まりえさん、訳知りな大人の女性だが品もあり適役。演出の問題なのだが、ジュリアンに忠告をするところは歌でなくセリフできちんとしゃべらせてほしかった。

 レナール邸の女中のエリザは稀鳥まりや(きとり・まりや)さんや、ジュリアンに拒まれた恨みから、レナール夫人との恋を密告する。『エル・アルコン』でのアニメ少女的印象があったが、意外に大人っぽくて、こちらが本来の持ち味か。エリザを好きな下僕サン=ジャンは水輝涼(みずき・りょう)さん。田舎の直情的な若者像をさりげなく見せている。

 専科から出演の磯野千尋さんは神学校のピラール校長で、貫禄と篤実さを感じさせる。門番の美城れん(みしろ・れん)さんは、おいしい役で印象を残した。

 特筆すべきはレナール夫妻の3人の子どもたち。アドルフの如月蓮(きさらぎ・れん)さんは男の子らしく、スタニスラスの白妙なつ(しろたえ・なつ)さんミリアムの花風みらい(はなかぜ・みらい 2004年入団〜2008年12月退団・星組娘役)さんは、とにかく愛らしく無邪気。ジュリアンとレナール夫人の絶望的な恋とは対照的な、希望と光輝く世界を作りだしていた。

 2幕はラ・モール侯爵の夜会から始まるが、そこでまず社交界を彩る人物が紹介される。ラ・モール侯爵・萬あきらさんは、マチルドの父らしく包容力と教養を感じさせる作り。聖職者たちのナピエ大司教紫蘭ますみさんは風格がにじみ出る。貴婦人たちはヴァランタン夫人・百花沙里さんベルジュ夫人・毬乃ゆいさん、サンクレール夫人・星風エレナさん、貴族の女の花愛瑞穂(かわい・みずほ)さんや初瀬有花(はつせ・ゆか 2000年入団〜2008年12月退団・星組娘役)さんなどが華やかさを競っている。またマチルドへの恋の当て馬にされるフェルバック元帥夫人に華美ゆうか(はなみ・ゆうか 2000年入団〜2009年9月退団予定・星組娘役)さんが扮し、仇っぽさを見せている。

 若手男役スターの和涼華さんや彩海早矢さんも出番は少ないが、マチルドの取り巻きの貴族青年の中で美しさを振りまく。侯爵邸の召使いマリアンヌの純花まりい(じゅんか・まりい)さんは、ジュリアンへの好意を見せるセリフがある。レナール夫人の告発に関係するヴェリエール教会のフリレール副司教・美稀千種さんと、ラパン神父・天霧真世(あまぎり・まよ)さんは手堅く締める。そのほか、牢獄の看守は天緒圭花(あまお・けいか)さん。また、1幕で活躍した水輝涼さん、稀鳥まりやさん、子どもたちなどが、2幕では貴族や町の人々で場面を賑わしている。

 劇中の音楽は、故寺田瀧雄氏と吉田優子氏、振付は前回からのものは羽山紀代美氏、今回新たに付け加えられたフィナーレのダンスはANJU氏。新しいダンス場面の中心となって踊る柚希礼音さんは生き生きと実力発揮。また、安蘭さんを迎えての娘役とのデュエットはリフトもあり色濃く、最後は両側に遠野あすかさん夢咲ねねさんというトライアングルでの安蘭さんの歌で、この作品らしいドラマティックなフィナーレを飾った。

 最初に“宝塚ロマン”と書いたが、同時にこの作品は“柴田ロマン”の真骨頂でもある。宝塚でしか表現できない男役と女役ならではの官能や美学、大人のエロティシズムやスリリングな恋の駆け引きを、品を落とさずに表現している。そんな柴田侑宏氏の名作は、まだまだ他にもたくさんある。その作品たちと出演者の幸福な出合いを心から待ちたい。(文・榊原和子氏/写真・岩村美佳氏)