雪組『ソロモンの指輪』と『マリポーサの花』

 ☆2008年8月8日(金)〜9月22日(月)  雪組宝塚大劇場公演 ショー『ソロモンの指輪』作・演出:荻田浩一氏。併演はミュージカル
『マリポーサの花』作・演出:正塚晴彦氏。

「宝塚プレシャス」より。

作品の面白さが、上演形態のミスフィードで減点されるとしたら、観客にとっても出演者にとっても不幸なことである。
 雪組大劇場の『ソロモンの指輪』と『マリポーサの花』は、イレギュラーな形での上演となっている。30分のショーと1時間40分の芝居+20分のフィナーレという組み合わせだが、この形はたぶん1981年の月組『ジャンピング』『新源氏物語』以来だと思う(三本立
て上演は別にして)。
 この上演形態に対しての批評は、最後にまとめて書くつもりなので、ともかく今回の芝居とショーは通常の形で観たかったということだけ、始めに書いておこう。『マリポーサの花』は前もので、ストレートプレイ的余韻を残しつつ幕を下ろしてもらいたい。ショーの『ソロモンの指輪』は55分にして、各場面を少しずつふくらませるか、作者にその気があればこの希有壮大な指輪物語にふさわしい奇抜なフィナーレを書き加えてもらえばいいのだ。そうすれば、2作とも相当高い評価と満足度を与える公演となったにちがいない。今でさえハンディを乗り越えて、十分に優れた作品としてその魅力を見せてくれているのだから。

 『ソロモンの指輪』は、荻田浩一ワールドの原点を詰め込んだショーである。混沌そのもののようだが、ストーリーから読み解けるロジカルな構造を持っていて、いったん切り口を発見すれば流れに乗りやすい。また逆に、理屈をいっさい捨て去れば簡単に開ける世界でもあって、音楽や色彩、動きや詞に五感を預けてしまうとさらに官能的に楽しめる。

 今回のショーのモチーフになっているのは、「鳥や獣と話のできるソロモン王の指輪」の物語である。全6場の構成だが、通しキャラが多くてしかも各場面で姿を変えて出てきたりするので、観客にとってはなかなか忙しいショーだ。

 第1場は、黒の羽根衣装に身を包んだ指輪の精ガスパール水夏希(みず・なつき)さんの登場から始まる。ガスパールはエピローグも1人で退場、この物語の円環をつかさどっている。
 極楽鳥の沙央くらま(さおう・くらま)さんと大湖せしる(だいご・せしる)さんを従えた水夏希さんはミステリアス、羽根のガウンを脱ぎ捨てたあとは総スパンの黒エンビ姿に変わる。
 このシーンに前後して銀橋に登場するのは、宝石商・未沙のえる(みさ・のえる)さん、評判娘と看板娘の早花まこ(さはな・まこ・千風カレン(、執事・飛鳥裕(、鑑定士と弟子の未来優希(・冴輝ちはや(さえき ちはやなどで、未沙のえるの指にはニセモノの指輪が輝く。そこに白羽ゆり(のミストレスと、セラフィム凰稀かなめ(、ケルヴィム・緒月遠麻(おづき とおまが通りかかる。白羽・凰稀・緒月の並びはひたすら美しい。ミストレスに魅せられる青年・彩那音やボロをまとったルンペン・柊巴、ソロモン王・奏乃はるとをはじめ、さまざまなキャラクターをまとった若手男役たち(谷みずせ(、衣咲真音(、彩夏涼(、葵吹雪(、蓮城まこと(、香音有希(、凰華れの(、真那春人()が通り過ぎていくさまは不思議な面白さだ。

 第2場は、ガスパールと三位一体の指輪の精バルタザール・彩吹真央(とメルキオール・音月桂が登場する。バルタザールはガスパールの半身らしいが理性的部分にも見える。メルキオールは獣の衣装をまとっているように野生がのぞく。背後ではガスパールが指輪の頂点に立ち、指輪のなかでは極楽鳥の黒い頭がユサユサ揺れる。そして指輪が開くと溢れ出す黒の洪水。さらに黒エンビと黒のドレスの男役や女役が登場して、ガスパールを中心に羽山紀代美の振付ならではの、シックな総踊りが繰り広げられる。

第3場は、その流れから宝石商たちの一行に導かれるようにジャングルへ。そこはあらゆる生き物のうごめきがある(振付は羽山紀代美と川崎悦子)。鳥籠の中のファニーな地獄鳥(彩凪翔・彩風咲奈)には緑の戦闘服のセラフィムとケルヴィムがエロティックに絡む。彩那とボロを脱ぎ捨てた柊、美少年たちは彷徨う。紫のガスパールは銀橋で歌い、ジャングルではミストレスと誘惑的に踊る。そばには影(彩夏涼・蓮城まこと)が妖しくつきまとう。
 また、動物を象徴したドレスの娘役たちがそれぞれ魅力的だ。サソリ・天勢いづる、ヒョウ・森咲かぐや、インパラ・花帆杏奈、ライオン・神麗華、パイソン・涼花リサ、クモ・晴華みどり、ゾウ・大月さゆ、シマウマ・愛原実花、真ん中でひときわ背の高いキリンは山科愛。
 その動物たちと同化するようなメルキオールの動きがセクシー。男役たちはアーミーAの真波そらとアーミーたち(大凪真生、紫友みれい、祐輝千寿、愛輝ゆま、香綾しずる、梓晴輝、冴輝、凛城きら、真那春人、煌羽レオ)が迷彩服で、また奏乃はると以下12人が紳士でトリッキーに踊る。

 第4場は、風景が一転する。音月から彩吹へと主題が歌い継がれ、広がった空間の高みから天使セラフィムが見下ろす海に、1人の女・天勢が現れる。斉藤恒芳作曲の音楽がうねりのように全てを包み込む。海に落ちた指輪=ガスパールの茶色のスーツは汚れた指輪の象徴か。
 彼を引き寄せては渚に打ちつける海の女たちのダンスが圧巻だ。群青・青・水色に染め分けられた海の女A(麻樹ゆめみ・舞咲りん・大月さゆ・沙月愛奈)、海の女B(森咲・花帆・神・涼花・早花・愛原・愛加あゆ・舞羽美海)、海の女(ゆり香紫保以下24名)、娘役たちが表現する生命ある“海”。ここは川崎悦子の優れた振付に目を奪われる。
 そして海に落ちた茶色の指輪として踊る水ガスパールのしなやかな動きと内面の表現力は圧倒的だ。コンテンポラリーダンスを踊るセンスでいえば、水は今いちばん宝塚で踊れるスターだろう。
 分身ともいうべき彩吹はガスパールに絡み、音月は波に変化してガスパールのそばを漂う。そして海に浮かんだ紅いほおづきのような白羽ミストレスの強い美しさ。波間を浮き輪をつけた宝石商と鑑定士が歩いて行く非日常がたまらない。

 第5場は、素朴でスケール感のある音楽に変わる。作曲は甲斐正人。未来優希が心に染みいるように大地の歌を歌う。海から大地に戻ったガスパールの後ろを白い風の彩那、奏乃、柊が通り過ぎ、白い花の山科が揺れる。宝石商や鑑定士たち、セラフィムやケルヴィムもさすらっている。この場面も川崎悦子の振付が新鮮。
 ワルキューレ(麻樹以下12人の娘役)や、男女のデュエットダンス(大凪、彩凪、彩風、沙月、笙乃茅桜、舞羽)、ミストレスとバルタザールのセクシーなデュエットなど、どれもドラマを感じるダンスだ。メルキオールは西風の歌手・沙央くらまの歌で西風のダンサー(真波、大湖、紫友、祐輝、香綾、凛城)と踊りながら銀橋へ。
第6場は、世界が再び喜びを取り戻す祝祭の朝になる。緑のガウンの水ガスパールが気高い姿で銀橋を行く。背後の楽園には、あらゆる生きものたちが金と白の衣裳に身をあたらめて現れ、歌い踊る。甲斐正人作曲のソロを響かせる未来。金色に輝く彩吹バルタザールや音月メルキオールが踊る。振付は伊賀裕子氏。ガウンを脱ぎ捨てたガスパールは血のような赤を染めつけた白い服で娘たちと踊り、金色の白羽ミストレスと踊る。晴華みどりの短いソロが美しい。この楽園の祭りで幸福を知ったガスパール=指輪は、再び記憶の底に全てを封じ込め、ひとり静かな眠りにつく。
 30分という短い時間だが、この『ソロモンの指輪』が観るものに訴えかける情報量は膨大で、かつ刺激に満ちている。指輪=イノチが生きるこの世とあの世の果てしない円環、その先々で見る夢は、悪夢にも似ているが、確かに思いあたる風景なのである。もしかしたら生まれてくる前に見ていたのか別の生で見ていたのか。そんな眠れる記憶を揺り動かしてくれる荻田ワールド。その魅力がぎっしり詰まったショーである。(文・榊原和子氏/写真・岸隆子氏)