Musical Fantastique 『堕天使の涙』 レビュー・アラベスク 『タランテラ!』

makyabery2008-02-21



2006年12月24日(日)千秋楽
 天使の涙 作・演出/植田景子氏

 20世紀初頭のパリ。デカダンスと背徳の香りに満ち、文化の爛熟期を迎えたその街は、光の都ヴィル・リュミエールと呼ばれていた。夢と欲望の交錯する街・・・。悦楽と刺激を求める人々は、東洋の妖姫マタ・ハリの官能的な舞に酔い、バレエ・リュスのニジンスキーの超人的な踊りとエキゾティシズムに熱狂していた。
 そして今夜、仮装舞踏会で有名なミュザールの夜会では、呼び物のアトラクションであるダンススペクタキュラーが始まろうとしている。今回の作品のテーマは"地獄"。幕が上がると、人々の目は主役の"地獄のルシファー"を踊るダンサー(朝海ひかるさん)の姿に釘付けになり、その悪魔的な魅力の虜になる。そのダンサーは、ロシアから来たばかりだと紹介されるが、素性には謎めいた部分が多く、彼は"自分は地獄からの旅人だ"と言って人々をからかう。そして、その場に居合わせた、いつもスキャンダラスな話題を振り撒いて世間を騒がせる新進気鋭の振付家、ジャン=ポール(水夏希さん)に、自分の館を訪ねて来るようにと言い残して去って行く。
 翌日、約束通り、深い森の奥にある城館を訪ねたジャン=ポールは、その館のただならぬ雰囲気と、昨夜のダンサーの神秘的な佇まいに当惑を覚える。彼はジャン=ポールに、自分の為に"地獄の舞踏会"という作品を創ってほしいと依頼する。そして、自分は地獄から人間界に現われた堕天使ルシファーだと告げる。ジャン=ポールは、目の前に起っている出来事に半信半疑であるが、ルシファーと名乗るその男の踊る姿に次第に魅せられていく。彼の踊りを創りたいという芸術家としての野心を抑えることができないジャン=ポールは、ルシファーに誘われるままに、その仕事を引き受ける。
 そして"地獄の舞踏会"のリハーサルが始まる。その作品に関わる様々な人々、踊り子、芸術家、パトロン、それぞれの人間の本能と欲望が、ルシファーの誘いによって赤裸々になっていく。他人を傷つけ、身勝手で、卑劣で、心弱い人間たち。
 その人間の愚かさを冷笑し、人間を愛した神への呪いの言葉を放つルシファーであったが・・・。堕天使ルシファー、彼こそ、かつては"光の天使"と呼ばれ、天上界で最も美しく神に愛された存在だったのだ。愛が憎しみに変わった時、その思いはどこに行くのか?深い孤独をかかえ人間界を彷徨うルシファーが、最後に見つけるものは・・・。
 この公演をもって朝海ひかるさん、舞風りらさんが退団した。

レビュー・アラベスク 『タランテラ!』 作・演出/荻田浩一

 "タランテラ"は毒蜘蛛の名前。その蜘蛛に咬まれた時、解毒の為に人々が踊ったとされる音楽・舞踊の名前がやはり"タランテラ"。或いは、蜘蛛の毒によって引き起こされるという「舞踏病」のことをも、また"タランテラ"と言い表す。「舞踏病」は中世ヨーロッパに大流行した社会現象で、それは抑圧された民衆のパワーが暴走して吹き上げた狂乱であり、その混沌と熱狂はカーニヴァル的な祝祭空間となって時空を超越する。この作品は、「舞踏病」をもたらす一匹の毒蜘蛛タランテラが、そのルーツを辿るように旅をする情景をつづっていく、情熱的かつ神秘的、そして生命力に溢れたレビューである。

 ○宝塚プレシャスより引用と参考○ 

 宝塚歌劇団雪組の主演コンビ、朝海ひかるさんと舞風りらさんが宝塚の舞台に別れを告げた。

 大盛況のうちに幕を閉じた『堕天使の涙』と『タランテラ!』の千秋楽、そしてサヨナラショーを終えて、あとはパレードを残すだけとなった朝海ひかるが、この日の夕方からの、退団記者会見に臨んだ。東京宝塚劇場の2階ロビーに作られた会見場に現れた朝海は、爽やかな表情で、まず記者団に挨拶をする。

 「日頃より宝塚歌劇を、雪組を、そして私をご支援いただきありがとうございました。今、宝塚の舞台を卒業してまいりました。清々しい思いと、充実感と幸せな気持ちでいっぱいでございます。今までの16年間、お世話になりありがとうございました

◇ファンへの感謝の言葉があれば。
 「本当に、私が初舞台を踏みましてから、何度も何度も挫けそうになり、私に舞台は合わないのかなとか、男役は向いてないのかなとか、心配を持ちながら舞台をやっていたときもありましたし、落ち込んだときもありましたが、そういうときこそ、本当にお客様が私を支えてくださいました。
 温かく見守ってくださって、少しでも成長すると、それを誉めてくださって、本当にその度に一段ずつ階段を登って、また上に向かうことができたので。
 今ここに、ここまで来れたのは、劇場に足をお運びくださった客様のおかげで、それ以外の何ものでもないと思っています。皆様には心から感謝しています」

雪組の方たちに何か言葉は?
 「雪組のみんなには、本当にファンの方々とは違う意味で、私を見守ってもらって、体の一部となっていまして。明日からはみんなと会えないと思うと、その感情にひたりたくない気持ちでいっぱいなんですけど。今の雪組生なら何がきてもやっていけると信じてますし、これまで以上のものを作ってくれると信じてます。先ほど荻田浩一先生に言われたのですが、『くやしがるようなものを作る』と。私も、それを客席でくやし涙を流して観たいと思っていますので(笑)。心配はしてません

 会見が終了して、約30分後に、退団者のパレードが始まった。朝のうち強くて寒かった風はやんで、穏やかな夜だ。だが12月だけあって、冷え込みはさすがにきつい。約8000人と発表された見送りの人々は、日比谷交差点側にも大きく広がり、ぎっしりと舗道を埋めつくしている。その約3分の1近くを、退団者との別れを惜しむ白い服のファンたちが占めている。
 東京宝塚劇場の楽屋口から、下級生順に退団者が出てくる。紫いつみさん、夢華あやりさん、彩みづ希さん、花緒このみさん、下級生たちは、それぞれ可憐な花束を抱いて、それぞれのファンにしっかりと別れを告げながら去っていく。ピンクの胡蝶蘭を髪に飾った愛耀子さんは、たくさん泣いたような子供っぽい笑顔だ。男らしく歩いてきてしっかりお辞儀をする悠なお輝さん、女らしく落ち着いた物腰の有沙美帆さん、研39というキャリアにも似ず若々しく手を振る専科の高ひづるさん…。

 そしていよいよ舞風りらさんが歩いてくる。白とピンクの薔薇の花束を持ち、同じ花を髪に飾り、化粧を落とした顔は、その別れの言葉にあったように“穏やか”そのものだ。「まーちゃん」という声が沿道のファンから飛ぶと、ニコニコと優しく微笑みを返しながら、たおやかに、そしてしっかりとした足取りをみせながら去っていった。

 ひときわ高く大きな歓声が巻き起こる。朝海ひかるさんが楽屋口から出てきたのだ。日比谷交差点側のファンにまず挨拶をして、ゆっくりゆっくりと、まるでひとりひとりと言葉を交わし合うような、そんな温かな眼差しで、待っていたファンたちを見つめながら歩いてくる。
 報道陣の前に立ち止まり、笑顔でフラッシュを浴びている。その顔は、カーテンコールでも言っていたように「言葉にならない思い」を瞳に浮かべていて、清らかだ。こうして見送ってくれるファンたちへの、たくさんの感謝や、たくさんの愛が、その胸のうちには溢れているのだろう。
 再びパレードに戻って歩み始める朝海ひかるさん。16年という年月を走り抜いて、今、その最後の瞬間を迎えた華奢な背中に、「ありがとう」「こむちゃん、ありがとう」とたくさんの声がかけられる。その声を両肩でしっかりと受け止めながら、最後までファン1人1人を見つめながらゆっくりと歩いていく朝海ひかる。待っていた赤い車に乗り込むそのときまで、その姿は毅然として、また、無心な美しさをたたえていて、寂しくもみごとな、宝塚男役「朝海ひかる」としてのラストステージだった。(文・榊原和子/写真・吉原朱美)