ワールドカップ 活躍するのは選手だけじゃない

 
 

ドイツ・フランクフルトのホテルに5月28日、世界30か国以上から派遣されてきたW杯審判員が顔をそろえた。

 控えを含む総勢81人。午前中、試合の大会ルールを入念に確認し、午後は近くのスポーツパークで走り込みなどをして汗を流した。

 大会の成功を左右する重責を担うだけに、表情にも気合がみなぎる。その中に、主審の上川徹(42)と、副審の広嶋禎数(よしかず)(44)の姿があった。

 W杯の審判員に、日本から初めて2人同時に入った。誤審騒動に揺れた4年前の日韓大会を教訓に、国際サッカー連盟(FIFA)は今大会から、審判員の意思疎通を重視し、同じ大陸連盟に所属する主審と副審2人を一組とするチーム制を導入した。上川と広嶋は、韓国人の副審とともに「チーム上川」として、試合をコントロールする。

 2大会連続出場となる上川だが、その道のりは、右ひざの持病との戦いでもあった。選手時代にじん帯を断裂して以来、マッサージなど治療を続けてきた。日韓大会後、トレーニング中に突然、ひざの裏が「バキン」と音を立てて激痛が走った。

 「どうするんだ。まだやるのか」とトレーナーに聞かれ、即答した。「もう一度、W杯に行きたい」

 上川は、トレーナーと二人三脚の治療を始めた。ひざへの負担を軽減するため、走るフォームも改造し、若い国際レフェリーと一緒に走り込んだ。ひざに痛みを感じる時もあったが、W杯という大きな目標が支えとなった。

 前回はグループリーグの1試合で終わった。「今度こそ、決勝トーナメントで笛を吹きたい」。しかも、息のあった広嶋と一緒にピッチに立てるのだから――。

 広嶋は、大阪府内の高校の現役教諭だ。主審と違い副審にはプロ制度がなく、本業の傍ら週末、Jリーグの試合などで旗を振る。

 FIFAの国際審判員は45歳が定年で、広嶋にとっては今回がラストチャンスだった。アジア枠はこれまで、各国1人という“暗黙のルール”があり、上川が選出される限り、出番は回ってこなかった。それが、チーム制の導入で吉報が舞い込んだ。

 「副審は、Jリーグでも笛を吹けないし、ましてやW杯出場など夢のまた夢だった。日本で副審を続ける多くの人たちに希望を与えたい」と広嶋は意気込む。

 2人は昨年秋、チーム制ゆえの苦い経験も味わった。ペルーで開催されたU―17(17歳以下)世界選手権。上川らのチームは予選でのジャッジが高い評価を受け、準決勝以上の試合を任されることになった。ところが直前、インド人の副審が足のけがを悪化させ、走れなくなった。チーム全員が帰国を余儀なくされた。今となっては、貴重な経験でもある。

 審判に求められるのは、的確な判断。特に得点の機会に絡む、オフサイドぎりぎりのプレーだ。ピッチでは「迷い」は許されない。広嶋が旗をあげれば、上川も笛を吹く。「一番まずいのは、主審と副審の判定があわないこと」と口をそろえる。あうんの呼吸で、夢舞台に臨む。(敬称略)
         

 FIFAが今大会の主審に選んだのは23人。前回の3分の2で、アジアからはわずか2人。審判のレベル向上のため、少数精鋭にかじを切った。過去、W杯に出場した日本人審判員は4人だが、決勝トーナメントで審判を務めた人はまだいない。

(2006年5月30日20時2分 読売新聞)